on my own

話し相手は自分だよ

日常雑記: A monster in a mirror

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長い間、鏡の中には怪物が棲んでいた。


22くらいの歳まで、鏡をきちんと見たことがなかった。
鏡に映る自分の素顔を思い出そうとしても、うまくいかない。鏡に向かうことさえ稀だったために、私はその頃の自分の顔を覚えていない。
もちろん写真を見れば、そこには20歳の私や17歳の私が鮮明に映っている。でも、どうにも違和感が拭えない。これは誰なんだろう、と思いさえする。だって見覚えないんだもん。


鏡にはとんでもない怪物が映っているのだと思っていた。
鏡だけじゃない、お店のショーウインドー、パン屋のガラス窓、エレベーターの中、磨き込まれたキッチン、どんなところにも怪物は現れて私のことを脅かす。そのたびに私は目を背けた。
服を試着するたびに、「顔から下しか映らない鏡を用意してくれ」と思った。
美容院に行けば小一時間は怪物とマンツーマンだ。地獄だった。


つまり私は自分の事をとんでもない、怪物のようにおぞましいブスだと思っていたのだ。




当時の私の自己認識を再現しようと思ったけど、うまく描けなかったのでMiiを作ってみた。


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そうそう、こういうパンチの効いた救いようのないブス。
モンスター。
クリーチャー。
メイクしたってオシャレしたって、どうしようもない。電車で隣に座った男性に申し訳なくなる程度のブスが鏡の中に棲んでいて、私の事をじっと見つめているのだった。



どうしてこの恐ろしい怪物が生まれたかは分からない。
「お前の作ったチョコ、うんこみてぇ」と褒めてくれた古川くんのせいか、前を通るたびにセンサーが作動して「死ねブス!!!」という自動音声が流れた大石くんのせいか、「ずっと友達だよ!!」と言いつつ陰で私のことを「ブスでバカのくせに出しゃばり」と言いふらして歩いていたマキちゃんのせいか、Googleがパスワードの変更を推奨してくる並の頻度で定期的に「あんた整形しなさいよ」と今に至るまで言ってくる母のせいか、私にアイプチとつけまつげを付けた後Popularのグリンダのように絶句していたリオちゃんのせいか、思い当たる節がありすぎて特定できない。


おしゃれに興味がないわけではなかった。可愛い服は好きだったし出来る事ならメイクや髪型で何とかできたらと夢見ていた。それには鏡を見なくてはならない。『鏡を見る』、それだけのことが私にとっては、途方もなく高くそびえたつ"カワイイアタシ"へのハードルだった。



怪物と闘うことを決心したその瞬間のことは、今もよく覚えている。


22歳の春、私は観劇友達のKちゃんと、仙台キャッツ初日のために、劇場近くのホテルをとっていた。Kちゃんは同年代のカワイイとキレイが綺麗にハモっている感じの美人で、私は出会ったその瞬間から真正面から見るだけで照れるくらい、Kちゃんのことを可愛いと思っていた。
何故か着替え一式の他に大きなカバンを部屋に持ち込んでいたKちゃんは私に言った。「私、朝の支度が遅いからのいちゃんより早く起きるけど、もし起こしちゃったらごめんね」
かくして翌朝、私が起きようと思っていた時間より一時間も早くに、Kちゃんはごそごそと起きだして朝の支度を始めた。うつらうつらとしながら、一緒に起きるか、もう一眠りするか考えていた私の目に、Kちゃんの姿が飛び込んできた。

我が目を疑う光景だった。

というのは流石に言い過ぎだが、兎角びっくりした。すっぴんのKちゃんが、決してブスではないにしても、いつものキレイでカワイイKちゃんではなかったのだ。
Kちゃんは何もしなくても、もともとすごくカワイイんだとばかり思っていた。
Kちゃんは件の大きなカバンの中から保湿クリームだの、化粧ポーチだの、アイロンだのを取り出して、ゆっくりゆっくり身支度を始めた。カバンの中身が出尽くす頃にはKちゃんはいつも通りキレイとカワイイのハーモニーになっていて、「おはよう」と私に微笑んだ。



可愛いは作るんだ!!!!!
時間と手間をかけて、努力して作るんだ!!!!!
「救いようがない」とか言ってる場合じゃないんだ!!!!!!


これは大変なショックだった。
今まで、過去の、クソのような人達のクソのような言葉や母親からの整形勧告を根に持って、うじうじうじうじと「どうせあたしゃブスですよゴメンね」と捻くれてばかりいた私のその根性こそが、恐ろしく、救いようもなくブスなのだということを、すっぴんのKちゃんが静かに告げていたのだった。

Kちゃんのようにカワイくキレイになりたい、なんて高望みはしない。男子から愛されたい、なんていうのも、もってのほかで、ただ、私は鏡が見たかった。朝、鏡をちらっと見て、「今日の私も最悪だな」と思う毎日から抜け出したかった。駅ビルのアクセサリーショップを通りすがって、可愛いピアスやヘアゴムを見て、「この顔じゃあな」と思うのはもう好い加減やめにしたかった。


かくして、歪んだ自己認識とチンケなプライドと卑屈で下衆な喪女根性をどうにかするべく、ただただ金と時間のかかる闘いが始まった。


……で、『がんばってメイクを学んでオシャレを学んで可愛くなって彼氏ができました、ゼクシィ買っちゃおうかな、みんなも努力してかわいくなろ(はあと)』という展開にはならないのが私らしいというか、残念というか、なんていうか……



ただ、目が醒めるような思いだった。
決死の覚悟でカウンターに行き「もうなんにも分かんないんで、勧められたの全部買うんで、まともな顔にしてください」と言い、おねえさんにパウダーファンデのはたき方から余分な眉マスカラの拭い方までご教授いただき、ずっと通っていた近所のやっすいエコノミーカット(シャンプーなし)の二倍近くする銀座の美容院に行って「とにかく見られる感じにしてください」と無茶振りし、「星空を見るのが趣味の彼氏とプラネタリウムでデートなんです」と精神疾患が疑われそうな大ウソをこいてショップ店員のお姉さんに帽子から靴まで見繕ってもらい、毎晩風呂場で無駄な毛を殺し、マニキュアを失敗し、ペディキュアも失敗し、ネイルサロンに行き、女性誌を買い、アイロンを買い、髪を巻き、手を焼き、顔を焼き、
さんざんいろいろやっていたら、いつの間にか、怪物はいなくなっていた。


びっくりして鏡を見ると、そこには普通の人がいた。
カワイイとかキレイにはほど遠いにしても、ただただ普通の人がいて、気が付けば私はその人をじっと見つめて、「ふ、普通だ…………」と呟いていた。
肩の力がすっと抜けて、体が急に軽くなったように感じた。
調子に乗って、ちょっと笑ってみた。普通の人がちょっと照れたように普通に笑っていた。決して、うまそうな獲物を見つけた怪物の笑みではなかった。


毎朝、私は鏡を見る。
化粧をして髪を整えてグロスを塗って、最後に、「おう、悪くないじゃん」と思う。
そういうふうに思えるようになれたことが、あんまりにも嬉しくて、幸せで、あの怪物にも見せてあげたいくらいだ。



おまけ:
実際使ってるMiiはこちらです

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