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「人生は短い。だから自分の好きなように生きるべきだ」
と人々は言う。もっともである。私たちは基本的に自由で、世界のどこへでも行って何でもできるのだから、嫌いなことやうんざりするような人たちに囲まれて神経をすり減らしながら生きる必要もない。「王道」からは多少外れているのだとしても、自分で決めた道を、迷ったり悩んだりしながら、それでも誇りを持って生きていく方がずっといい。
ここ数年、8月の最終週など新学期を迎える頃になると、「学校なんか無理して行かなくていい」というような言説があちこち湧いて出るようになった。他のみんなに合わせて無理をするくらいなら、自分らしく居られる場所で、自分のペースで学んだ方がよいのだと、皆が口々に言う。重い体を引きずって行きたくもない学校に行ったところで、得られるのは疲労と虚無感だけ。そんな思いはしなくていい。家で勉強してもいいし、通信やフリースクールを選んでもいい。今時、道はいくらでもあるのだから。そうやって人々は、「道」から外れかけた子どもたちを温かく包み込む。「私はあなたのつらさに寄り添っているんですよ」みたいな、慈悲にあふれた表情で(実際には真顔でポストしているのだろうが)。
かつて「道」を外れた子どもの一人として、私はそれらの言説を見聞きするたびに、腹の奥が熱く煮えたぎるのを感じる。「みんなと同じ」ができない。それがどんなに孤独で、恐ろしいことか、彼らは大概分かっていない。彼らの言う「みんなと同じようにしなくていいよ」とは、「私はその子がみんなと同じようにするためのコストを払う気がありません」という宣言に等しい。「みんなと同じ」とはつまり、過去の無数の「みんな」が作り上げた、平凡で、無難で、大きな苦難を伴わない生き方という共有財産を享受することであり、「みんなと違う」というのは、その広大で穏やかなコミュニティから疎外され、誰も風除けになってくれない道を自力で歩くことである。みんなと同じように出来たら、それが一番ラクに決まっている。当たり前だ。誰も好き好んで茨の道を選んだりしない。そのコストは、そっくりそのまま自分に降りかかってくるのだから。
「いまどき不登校の子なんていくらでもいるよ」とか、「通り一遍の人生から外れても、案外なんとかなるよ」とか、そんなのは私に言わせれば「日本全体で見れば」とか「結果的には」とかいう但し書き付きの気休めでしかない。私が保健室登校を始めたとき、「今まで保健室登校の子なんていなかったものだから」と養護教諭が困惑していたことを思い出す。私の履歴書の「高校中退」の一文に怪訝な表情を浮かべる人事担当者も一人や二人ではない。私のような人たちはどうあがいても、社会の中で想定されていない少数派である事実から逃れられない。
私は自分が、みんなと同じように、毎朝きちんと起きて、朝食をとって化粧をして、毎日同じ場所に通勤し、ミーティングに出て、メールを書いて、上司の指示を聞き、後輩の面倒を見て、残業などもソツなくこなして、ふつうに働けるのだと思っていた。いや、正直、できる。わりとふつうにできる。できるのだが、いつも、暴れ出したいのをずっと我慢している。この衝動は一体なんだと思いつつ、実際に暴れ出すことはできないので、上から押さえつけるようにして出勤する。ミーティングに出る。書類を作る。同僚とランチに行く。オフィスの空気は乾燥している。上司がトンチンカンな指示を出してくる。衝動が強くなって、一層強い力で押さえ込む。腕の下で、何かがビチビチと跳ねている。
無論、「みんなと同じ」働き方であれば人生に山も谷もないと言うつもりはない。会社勤めには会社勤めの苦労や苦悩があることは私自身も経験している。それでも、総務省の労働力調査によると、日本で働く人の中で、正規非正規問わず何らかの形で「雇用」されている人の割合は9割弱にもなる。雇用されない働き方をしている人は労働人口の1割しか存在しない、明らかなマイノリティなのだ。そして、会社から離れて身に染みて感じるのは、労働者としての私は何だかんだで手厚く保護されていたということである。ちょっとやそっとのことではクビにならないし、社会保険料も折半してもらえる。ドラマの中だけの話だと思っていた「ある日突然クビを言い渡され、段ボールひとつ持ってオフィスを追い出されて、お別れも言わせてもらえない」というのも海外では実際にあるそうだが、少なくとも日本でそのようなことは起こり得ない。
だから私も、ビチビチと跳ねる何かを押さえつけながら、ずっと会社勤めをしていたかった。出勤さえすれば、平日の決まった時間帯にメールやチャットにすぐ応えられる状況を保てば、毎月決まった金額が折り目正しく振り込まれる生活を定年まで続けたかった。しかし、これまでバイトやインターンを含めて複数の職場を経験したが、どこで働いても、誰と働いても、私は何故か常に「暴れ出しそうだ」と思っていた。体を屈めて、息を殺して、巨大で凶暴な何かを起こさないように、そうっと通り過ぎるみたいに毎日を過ごしていて、昨年の夏ごろだろうか、突如として「ああ、もう、人と違う道を選んで苦しい思いをするのだとしても、今だって、これまでだってもう十分に苦しいんだから、同じ『苦しい』なら、そっちを選ぼう」と思った。思ってしまったので、もう仕方がないと思った。
あの「永山基準」の元になった永山則夫の手記の中に、「精神の鯨」というくだりがある。見田宗介の著書で取り上げられていた。こういう話だ。──彼は鯨の背に乗って海を漂流していた。食べ物も水もなく、彼は仕方なく鯨の背中を少しずつ食べて命を繋いでいた。しばらくして、自分が酷いことをしていると思い至り、彼は鯨に謝った。鯨は何も言わなかった。それは既に死体だったのだ。そのときようやく、彼は鯨が自分自身の精神だと悟った。
昨年末、満を持して仕事を辞めた私は、何とかして組織に属すことなく、お金を稼げないかと考えた。そうして辿り着いたのが、SNSでは「海外リモート副業」とか「ドル建て副業」などと呼ばれる、海外のプラットフォームに登録してフルリモートのフリーランスとして働く方法である。仕事の内容はプロジェクトによってさまざまで、長期のものもあれば数時間で終わる単発案件もあるが、共通しているのは、そこそこの英語力がないと話にならないことだ。これについて「自動翻訳があれば大丈夫」と豪語するインフルエンサーがいるがこれは普通に嘘で、厳密には、自動翻訳があればできる仕事ではあるが、いちいち自動翻訳に頼っていては仕事にならない。英語特有の表現は自動翻訳ではうまく訳出されないし、実務経験を通じて英語圏ノリを理解していなければコミュニケーションにも齟齬が生じる。私は帰国子女でもなければ長期留学の経験すらないくせに、何故か英語だけはずっと仕事で使い続けてきたので、いきなり180ページの英文マニュアルを渡されて3日で読み込めと言われても呻きながらギリギリ対応できるし、謎のシステムエラーにぶち当たったら自力で本国のサポートチームに問い合わせてなんとかできる。おかげで、1ヶ月ほどの試行錯誤の末、2つの長期プロジェクトに無事採用された。
フリーランスとして当面食いつなぐ作戦を立てる上で、私はネットで情報収集をしまくり、「海外リモート副業界隈」とでも呼べばいいのか、ドルを稼ぐことに執心する人々のコミュニティに行き着いた。新卒ですぐに会社を辞めた若者であったり、子育てをしながら収入増を目論む堅実な主婦であったり、彼らの属性はさまざまだ。でも、何故か、みんな底抜けに明るい。彼らは一様に、挫折や停滞から勇気を持って一歩踏み出し、時間や場所の制約を受けない(しかも円安のおかげで比較的払いのよい)仕事を手にしたことを、心から喜び、海外旅行をしたり動画配信をしたりなどの充実した日々を過ごしていることをアピールする。そして、多くの人にノウハウを伝え、「0を1に」して、思う存分やりたいことをやる人生を送ろう、と呼びかけている。
いっぽうの私は「こんなのって、尋常じゃないよ~!」と喚きながらも、彼らのノウハウや体験談を読み込み、半泣きでプラットフォームに登録し続け、ひたすら採用テストを受け続けている(今のプロジェクトもいつ突如クビになるか知れないため)。私はふつうに朝起きて会社に行って週末にはダラダラしたり遊んだりする人生がよかった。そっちのほうが断然ラクだった。もしかしたら数ヶ月後には根を上げて、転職サイトに登録しているかもしれないが、それでも、しばらくは「みんなと違う」道で、やってみようと決意した。好きなように生きたいからではない。もう、私の精神の鯨を食べて生きていたくないからだ。私はいまや、海外リモート副業界隈で一番暗い顔をしたフリーランサーだ。
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