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親譲りの不細工で子供の時から損ばかりしている。
夏目漱石にも同情されそうな出だしになってしまったが、私は本当に不細工な子供だった。家も近く姉妹のように育った二つ年下の従姉妹の結婚式に出席した際、プロフィールムービーに映し出されるお人形のようにかわいい従姉妹の隣にはいつも小さく細い目をつり上げた私がいて、卑屈な私は「てめーわざと私と二人で写ってる写真を選んでないか?」と勘ぐってしまうほどであった。
中学に上がって周りが色気づき始めると、身だしなみに全く頓着しない私のブスさはますます浮き彫りとなり、女の子たちに陰口を叩かれるようになった。中でも特に印象的だったのは入学直後に後ろの席になったマキという子で、彼女のやり口は飛び抜けて陰湿だった。マキは、表面上は非常に友好的で、明るく私に話しかけて親しげに会話をしては、それを本来所属するグループへと持ち帰り、「あいつはあんなことを言っていた」と密告してクスクス笑っていたのだ。私はある日ひょんなことからその事実を知ることになったが、その際に、マキが私のことを「あいつはバカでブス」だと言っていたことも知ってしまった。私はそのときの、体の芯から震えるような怒りを今でも克明に記憶している。
「ブスはともかく、バカとは何だ、バカとは!!」
その夜は怒りのあまり眠れなかった。その日に至るまで私はろくろく勉強というものをしてこなかったが、自分がバカではないということを証明すべく猛勉強を始め、中学最初の定期試験で私は学年300人中、めでたく13位の栄光に輝いた。事実そのおかげで私は勉学に目覚めたので、その点ではマキに感謝している。(その後、私とマキは同じ塾に通うことになったが、中学三年間、私は常に最上位クラスで、彼女は常に最下位クラスだった。そのことはいつも私の心を温めた)
このエピソードから分かるのは、私は少なくとも中学一年生の頃にはすでに「私はブスなので、ブスと言われても仕方がない」と考えていたということだ。だって、事実なのだから。ハゲはハゲと言われても仕方ないし、デブはデブと言われても仕方ない、だって事実だから。ただ、私はバカではないので、バカと言われたら腹が立つ。それでも、ブスであれバカであれ、そう言ってきた相手に怒りをぶつけることは徒労である。相手の考えや感じ方を変えることはできないのだから。そういう世界に、私は住んでいた。
私の見た目についてもっとも口うるさく文句をつけてくるのは実の家族である。「整形したら?」などは子供の頃から言われていたが、歳を重ねるにつれて「メイクが薄い」「髪をきれいにしろ」「服が地味」「表情が暗い」「顔色が悪い」「姿勢が悪い」「太っている」などバラエティに富んだダメ出しがテンポ良く繰り出されるようになった。私が不快そうな素振りを少しでも見せると、彼女たちにとってはそれが「当たり判定」となってしまい、「効いてる効いてる」みたいな反応になる。怒ると、「怒るということは自分でも気にしているということ。本当にどうでもいいなら怒る気にもならないはずだ」「そう言われないように努力すればいいだけの話」「こんなことを言ってあげられるのは家族だけなのに、怒るなんて変」等々と、感じ方を否定され、余計にエスカレートすることになるため、次第に私は感情を押し殺すようになった。その場を穏便にやり過ごすだけなら、「私はブスなんかじゃない」と戦う姿勢を見せるよりも、「私はブスだから仕方ないね」と、同じ価値観を受け入れ口をつぐむ方がよっぽど楽だったからだ。
「嫌だと思ったら『やめろ』と言っていい」、と、いうことをようやく知ったのは20代も半ばのことだった。それはパラダイムシフトであり、コペルニクス的転回であり、シンプルに革命であった。えっ……ていうか、そんなの、学校で習った? 千葉県で使ってる教科書にだけ載ってなかった? ブスだろうが爆美女だろうが、何か言われて嫌な思いをしたら「やめろ」と言っていいのだと、そこでやめない奴はヤバいのだと、それを知ったとき、私は何か雲が晴れるような、手足の枷が外れるような心地を味わった。まるで中忍試験のときのロック・リーのように。そして、あのとき押し殺した怒りは、確かにいっとき私の平穏を守ったが、私の尊厳のためには、絶対に必要な感情だったと気付いた。たとえその場で「やめろ」と言えなかったとしても、私は部屋でひとりネネちゃんのママみたいに枕を殴りながら「許さねえ」と叫んだって良かった。その時間にTOEICの勉強をしたらスコアが上がっていたかもしれなくても、拳を負傷しても、私は絶対にそうするべきだった。ここで「許さねえ」と言えなかったら、私は生涯に渡って誰かの都合のいいサンドバッグであり続けるのだ。
さて、ところ変わって、ここはあの日のリビングルームである。窓の向こうは秋晴れの空で、部屋の中は少しばかり薄暗い。母と祖母は、私が友人の結婚式に振袖で参列したときの写真を見ている。「髪型が古くさいね、バブルのときみたい」と母が言う。「どうしてもっと綺麗にお化粧をしなかったの」と祖母が言う。私は、どうしたらよかったのだろう。この二人は、私が何を言っても、泣いたり落ち込んだりしようと、態度を変えないだろう。たとえ私が結婚式でウエディングドレスを着ても、芥川賞の授賞式に色留袖を着ても、何かしら文句をつけただろう。私は、私のために、どうするべきだったんだろう。
いや、「どうするべき」は違うな。どうしたかったか、考えたらいいかもしれない。
「可愛いって言え」って、言えばよかった。そもそも、娘が晴れ着を着たときに許されるリアクションなんて、「可愛い」と「超可愛い」、「めちゃくちゃ可愛い」以外にないだろう。褒め言葉以外は許さないって、言えばよかった。「孫なんか、目に入っても痛くないだろ!」って言いながら目潰ししてやればよかった。包丁でもサンマでも、喉元に突きつけて脅せばよかった。大暴れして、家中のものをぶっ壊して、窓という窓を全部割って、冷蔵庫の中のもの全部食い尽くしてやればよかった。「私のことを褒めろ!! 可愛いって言え!!!」と叫びながら、轟轟と唸り全てを飲み込む巨大な竜巻になって、母と祖母まとめてオズの国を通り越して帝愛の地下労働施設までぶっ飛ばしてやればよかったのだ。
言ってはいけないことがある。言っても意味ないことがある。他人は変わらないし、私を受け入れもしない。だけど私の感情はここにある。ここにある、価値がある。私だけはそれを知っている。頭の中で実家をバキバキにぶち壊しながら、私はようやく気が付いた。「ブスだから仕方ないね」なんて言っていると、誰かの作り上げた「ブスだから仕方ない物語」に閉じ込められて、一人ぼっちになってしまうのだ。私はその悪夢のような物語から抜け出さなくてはならない。頭の中で、あのマキとかいう女のことも100回じっくり炭火焼にしたら、今度こそ、私だけの新しい物語を始めよう。
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