on my own

話し相手は自分だよ

27歳喪女が生まれて初めてブラを買う話【#文学フリマ東京39 新刊サンプル】

それわた4表紙


12月1日 文学フリマ東京に出店します!! 
・既刊『それがわたしにとって何だというのでしょう?』vol.1~3
・新刊『同人女私小説短編集 わたしは勉強しかできない』
・おためし50円コピー本『それわた4.5 SNSをやめよう!』
を、持っていきます。勿論たほちゃんもいます。ぜひ遊びに来てください。

のいは今回、私小説を書きました。2万字の大作です。
痛々しいけど愛おしい、『痛々愛おしい』あの頃の記憶。パンデミックが地を覆いつくすほんの少し前、「欠けた」自分のピースを探して右往左往した『私』=「増田萌依子」という一人の平凡な女の物語です。
今回は一部抜粋してご紹介したいと思います。

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『Nope』





 雨の日の新宿は街全体が鏡のようだ。ショーウインドウについた細かな水滴も、アスファルトにわだかまる水溜まりも、過ぎ交う車の窓ガラスもすべて、街と人を映し出す鏡になる。新宿にいる人は、東京の中でも新宿にしかいない。池袋にも、品川にも、ましてや清澄白河なんかでは絶対にお目にかかれない感じの人々が、新宿に来るだけで時間無制限で見放題である。JR東口を出てアルタを通り過ぎた私は、新宿のガラパゴスな固有種たちの生み出す熱い渦に逆らったり、巻き込まれたりしながら、肩が雨に濡れるのにも構わず、ずんずんと歩く。そんな私を、信号機を、バニラのトラックを、街は黙ってただ反射する。街が映し出すいくつもの影の中に、私は待ち合わせの相手を見つけていた。
 白河ゆりはゆるくウェーブした栗色の髪の先を揺らして、目を細めて笑った。それから私たちは、今日の戦場となる重厚な面構えの老舗商業施設……伊勢丹へと足を踏み入れた。

 勝手知ったる様子でするすると歩く白河ゆりに、私は必死についていく。彼女が立ち止まったのはジルスチュアートの前だった。ジル……スチュアート!? 私は戦慄する。私なんかが、ジルスチュアートを着ていいの?というか、ジルスチュアートに入っていいの?『アラジン』の魔法の洞窟には「ダイヤの原石」しか立ち入れないが、しかし、ここ現代日本のジルスチュアートには余程のことがない限りどんな人間でも入店できるのだ。なんという懐の広さ、ありがたいと言うほかない。
 店の隅でただプルプル震えている私をよそに、白河ゆりはハンガーからハンガーへと軽やかに飛び回り、ニットだのスカートだのを手慣れた様子でぱっぱと見繕って、私を試着室に押し込む。話が早くて本当に助かる。私は渡された服を大人しく着用した。
「もえちゃーん、着れたー?」
 白河ゆりの声に、私は恐る恐る試着室のカーテンを開ける。私の姿を一瞥して、白河ゆりも「あちゃー」という顔をする。こういうところ、彼女はたいへん素直で、逆にありがたいと思う。鏡の中の私は、ぴたりとしたニットが身体の全ての肉感を丁寧に拾って、多少小綺麗なキン肉マンみたいになっていた。私が『骨格ストレート』という言葉を知り、自分がお手本のような骨ストだと知るのは、数年先のことである。
「ナシだねこれは」
「解散解散」
 からくり時計の人形みたいに試着室に引っ込む。生地を傷めないように丁寧にニットを脱ごうとする。……しかし、脱げない。腕をクロスさせ、裾をたくし上げるが、ニットがぴったりと腕に貼り付いて動かない。私はおしゃれな服を買うどころか、まともに脱ぎ着すらできないというのか。こんな調子じゃスタートラインに立つ資格すらない。
 にっちもさっちもいかなくなってしまった私は、無力感に打ちのめされながら、カーテンの向こうの白河ゆりに助けを求めた。
「白河さん、白河さん、助けて。脱げない」
「あぁ~?」
 妙にガラの悪い白河ゆりがカーテンを素早く開けて入ってきて、狭い試着室がますます狭くなる。プラダを着た悪魔ならぬ、ジルスチュアートを着たキン肉マンである私は、肩の辺りにニットをわだかまらせながら言った。
「この有様だよ」
「えっ? あっ、ニットが貼り付いちゃってるってこと? わかった、やってみるわ、さわっていいの?これ」
「どうにでもしてくれ~」
 ニットの下に手を差し入れて、白河ゆりが必死でアシストしてくれる。白河ゆりのひんやりした手が私の皮膚をまさぐり、白河ゆりの吐息をとても近くに感じる。
 私たちはうっすらと汗をかき、息を切らして、ようやくそのニットを引き剥がすことに成功した。
「私、こんなに女友達の肌にさわったの初めて……」
 白河ゆりが愕然とした様子で言う。私だって自慢じゃないが、服を脱ぐのを手伝ってもらったのなんて乳幼児ぶりである。何か人間として大切なものを失ってしまったような気持ちで、他の服を試す気分にもなれず、私たちはすごすごとジルスチュアートを後にした。
 後日、私たちはリベンジとして銀座のプランタンに赴き、無事に服をゲットした。落ち感のあるカットソーに、スタンダードなAラインのスカート。カットソーは背中がレースになって透けている。白河ゆりは自信ありげに「これはね、赤井秀一の帰りを裸足で待つ女の服だよ」と胸を張る。私は真夏でも家の中で靴下を履くタイプなので、恋人の帰りを裸足で待つ人間の気持ちは分からないが、恋とかすると裸足で恋人の帰りを待ちたくなったりするのだろう、たぶん。赤井秀一も「淋しい思いをさせてしまったかな、俺の可愛いスウィーティー・パイ」とか言うのだろう。知らんけど。
「ところで、この背中スケスケのやつを着るとき、中には何を着たらいいの?」
 スウィングルのショッパーを揺らしながら、ふと私は尋ねる。
「えっ? フツーに、レースのキャミとかでいんじゃない」
「持ってないよそんなの」
「は?」
「私、常にユニクロのブラトップ着てるから……」
 白河ゆりの開いた口を見ながら、そうだ、髪やメイクや服を何とかしたところで、私には大きな問題がまだひとつ残されている、とようやく気がつく。どんな反応が返ってくるかだいたい想像が付くし、私としてもかなりセンシティブな領域ではあるが、もう逃げ場はどこにもないのだということも分かっていたので、私は観念して口を開く。
「私さ、ブラって付けたことないんだよね」
「うそでしょ!?」
 悲痛な声を上げる白河ゆりに、私は証言台に立たされた被疑者のような気持ちで打ち明ける。
「だってさ、支えなきゃいけないほどの胸もないし、カップ付きキャミで十分だから」
「えっ本当に? じゃあ自分のサイズとかもちゃんと知らないってこと?」
「サイズも何も、『測定不能』とか言われるんじゃないかと思ったら怖くて」
「ヒロアカの体力テストじゃないんだからさ……」
 正直に言って、私にとって下着屋というのは畏怖の対象であった。まず、ほぼ全ての下着がレースやフリルやリボンやお花でまんべんなく覆われているのが怖い。「これであなたの裸体を飾り付けましょう」と言われているようで、何だか逃げ出したいような気持ちになる。さらに、フィッティングが怖い。サイズを図ってもらって、「あなたのような人に売るブラはありませんけど何しに来たんですか?」みたいなことを言われ、あざ笑われたらどうしようと思うと怖くて怖くて堪らない。かといって、私のサイズのブラを置いてないことを心を込めて謝罪されても、それはそれで死にたくなりそうで、どちらにせよ、ブラをつけない理由には十分だった。
「一度測ってもらって、ちゃんとしたの買いなよ。ほら、あそこにワコールあるじゃん」
 数ブロック先のワコールを指さしながら、白河ゆりが必死に私を励ます。
「もはやこれまでか……」
「ちゃんとブラとショーツをセットで買うんだよ!」
「ちゃんとお釣りもらってくるんだよ」みたいな感じで言う白河ゆりに見送られ、私は『はじめてのおつかい』さながら、ドレミファドレミファ、と勇気を奮い立たせてワコールに向かった。
 店内に入った私は、注意深く周囲を見回し、手が空いている店員にフィッティングをしてほしいと声を掛ける。
「普段、どのサイズをお使いですか?」
 人のよさそうな店員が丁寧な口調で聞いてくれるが、この質問はブラを持っていない場合どうしたらよいのだろう。「私はブラを持っていません」と告白するべきなのだろうが、怖じ気付いた私はつい「いえあの、最近サイズが合ってないなと思って」と誤魔化した。店員は訝しむこともなく、「そうですか」と言って私を試着室に案内した。
「ブラの上から測定しますので、お着物を脱いでいただいて、ご準備ができましたらこのボタンでお知らせくださいね」
 またも「私はブラを持っていません」シチュエーションである。私は気が遠くなりながら、「いつもはちゃんとブラ着けてるけど、今日は偶然ブラトップなんです」という設定を貫くことを密かに決意する。どうしてこんな異端審問みたいな気持ちでブラを買わなくてはならないのだろう。
「失礼いたしまーす」
 ボタンを押すと、店員さんが試着室に入ってきて、いよいよ測定が始まる。『おまえに売るブラはない』という幻聴が聞こえて、私は必死に妄想の声をかき消す。ドレミファドレミファ、ドッドドレミファ……。
「お客様、いかがですか?」
 はっと我に返って鏡を見ると、そこには店員さんが選んでくれたブラをつけた私がいた。背中から肉をかき集めてくれたため、カップがベコベコと凹むようなこともなく、すっきりとフィットしている。あったんだ、私のサイズのブラ……。神は私のように胸元の貧しい人間にもブラをお与えくださるのだ……。私は感動を噛みしめながら、同じデザインのショーツと、キャミソールを合わせて購入した。私はこの十数分で、ブラ持たざる者からブラ持てる者へと華麗な転身を遂げたのだ。もう怖いものなどない。私ははじめてのおつかいを成功させた子どものようにニコニコしながら、買ったばかりのブラを抱きしめて、白河ゆりの元へと駆け寄った。




<サンプルここまで>

その他、中国人女子から無修正のニキビが送りつけられてきたり、

フェイフェイのニキビ

セックスの断面図を作ったり、

セックスの図解

本人にも訳の分からん試行錯誤の末、果たして27歳までブラを付けたこともなかった激ダサ女・増田萌依子は無事に彼氏を作り、一人前の人間になることができるのか!?
ぜひ、文フリ東京で『わたしは勉強しかできない』をお手に取って、彼女の行きつく先を確かめてください!
N-51でお待ちしております!!