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on my own

話し相手は自分だよ

『ラ・ラ・ランド』に住む、夢みるわれら

突然だが、ミッキーマウスの中には人間が入っている。



このブログを偶然開いてしまった人の中に、もしこの驚愕の事実をご存知ない方がいたのなら、本当に申し訳ない。心からお詫び申し上げたい。誰に言われるでもなく、禁忌だとはわかっていた。それでも言わずにおれなかったのだ。私もこの事実に辿りついたのはつい最近の事だ。どうして気づかなかったのだろう? あんな布と綿の塊が自立して歩き回るなんて、ましてや意思と思考力を持ち人間と会話が可能だなんて。考えれば考えるほど、えも言われぬ感情が腹の底から湧きあがる。騙された。騙されていた。だからあなたも、早く夢から醒めるべきだ。


私はミュージカルを愛していた。年間50回以上劇場に足を運んだ時期さえあった。しかし、私は知ってしまった。何ということだろう、私の愛したあの場所に集う彼らは『役者』と呼ばれる職業人で、あの場所で起こる出来事は全て随分前から入念に仕込まれた"猿芝居"で、始めから終わりまでひとつとして本当のことはないという。眩暈がする。あのすばらしい魔法のような景色や豪奢な宮殿、妖しい洞窟、暖かな家の灯りも何もかもすべて何の由緒も持たない作り物だって? そんなものはベニヤ板に塗られた騙し絵でしかなく、一定期間が過ぎれば無粋な業者の人間によって跡形もなく撤去される、そんなことは知らなかったし知りたくもなかった。そんな偽物に、偽の喜劇に、偽の悲劇に、時に笑い、時に涙し、本気で心を寄せていた私の純真を返してほしい。


気づけば私は嘘という嘘に完全に包囲されていた。テレビを付ければ嘘、本を開けば嘘、街を歩けば嘘、口を開けば嘘、いったい何が嘘でないのだろう。これは『机』だ、ただの"木"だけど。これは『お金』だ、ただの"紙"だけど。私たちが住む世界から嘘を一枚、また一枚と、丁寧に剥がしていった末に残るものこそが本当の世界だというのなら、私はいますぐミッキーマウスを殴り飛ばし、帝国劇場を焼き打ちにしてでも、その世界に辿りつかねばならない。だってここはまやかしだ。ないものをあると信じて泣いたり笑ったりするなんて馬鹿馬鹿しい、ナンセンスにも程がある。私を煙に巻いて化かそうとする嘘を今すぐ葬り去って、夢から醒めなければ。
夢から醒めなければ。


その瞬間、私は私ではなくなった。ただの有機物の塊になった。私が数えた二十余年という物語は、燃え盛るミッキーマウスからもうもうと立ち上る煙の彼方へと消えゆき、私の存在そのものは、めりめりと音を立てて崩れ落ちる天井の下敷きになった。私は悲鳴を上げた──『悲鳴』という概念さえもはや私には残されていなかった。くゆる煙の向こうに丸の内のぼうっと明るいビルの窓が行儀よく一列に並んでいる。そのうちあの窓も全て黒く塗りつぶされるだろう。ああ、『黒』も『塗る』も、ここにはもうないんだった……。




……とかいう『夢』を見ながら、私は早足で横断歩道を渡りきる。四月に入ったとはいえ、ひゅうと背を押す夜風の冷たさは上着の前を留めさせるのに十分だ。日中の賑々しさが嘘のように、ただ車が大急ぎで行き交うだけの有楽町を、私はひとり闊歩する。お堀の水面は窓灯りの一つ一つを律儀に明るく描き出し、役者の一人残らず退場した舞台をあざやかに色づけていた。上着のポケットの中で、半券が擦れる乾いた音がする。嘘の物語を見るためにお金と呼ばれる紙切れと引き換えに赤の他人から頂戴したペラペラの紙切れだ。


夢から醒めても、そこもまた夢。


愛おしい、と、私は思った。あったことも、なかったことも、あったかもしれなかったことさえ、すべて『私』の『物語』の一部だとしたら? 通り過ぎた場所や人のすべて、豊かに広がる無限の可能性のうち、私が選ばなかった何もかもが、今、私とともにあるのだとしたら? そして、今ここで呼吸をする私が、それらすべてを肯定して、小さく頷いたとしたら? それにはもしかしたら小さな勇気が必要かもしれない。もっとも、それは狂気と言い換えられるかもしれない。だけど私の人生には"それ"が必要だ。虚構の物語が、へたくそな芝居が、笑っちゃうくらい滑稽な茶番劇が。

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『背すじをピン!と』最終回に寄せて ──What Makes Us Beautiful

↑↑↑Kindle版1・2巻が2/16まで無料で読めるよ!!!↑↑↑



『そんな昔のことなんか、早く忘れなよ』
この言葉の持つ冷たさ、突き放すような響きは、きっと言われたことのある者にしかわからない。言う方には多くの場合、まるで悪意がないことは分かっている。過ぎたことなんだから、『昔』のことなんだから、そんな事もう気にしなくて良いんだから。じゃあ気にするのやめよう忘れちゃおう! と、スッキリ気分を変えられるかというと、勿論そんなことはなくて、忘れたいことを綺麗に忘れられるように人間の脳ができているのならきっとPTSDなんて病名すらこの世界に存在しない。
では、忘れたいのに忘れられない記憶がある人にどう声を掛ければいいのかと言うと、全ての人に有用な、ユニバーサルデザインみたいな言葉や態度などは存在しない。抱えている苦しみやその深さは、十人十色に異なるのだから。中でも最悪の部類に入る(と、私が勝手に思っている)のは、冒頭の『早く忘れなよ』と、それから『もっと苦しい思いをした人はたくさんいる』とか『みんな同じように苦しいんだから』とか。苦しんでいる過去、苦しみそれ自体、苦しんでいる本人、これら全部まるっと貶めて打ちのめす、呪いのような言葉だ。



「僕 わたりさんのこと すごい… 尊敬するな…!!」
と、土屋くんは言った。(単行本二巻)
小学生のころに経験したとある出来事から、自分に自信が持てなくなってしまったわたりちゃん。自分が競技ダンスを始めたのはそんな自分を変えたかった、と話す彼女に、土屋くんは(自分だって好きだった女の子から「手汗すごい」と言われたトラウマがあるにも関わらず)そう言って感嘆の溜息を漏らす。なんのてらいも、躊躇いもなく、わたりちゃんを肯定する。
土屋くんは何でもないことのように発言しているが、実はこれってすごいことだ。同級生の女の子に対し、「尊敬する」というワードはそう簡単に出てくるものじゃない。これは土屋くんだけでなく、『背すじをピン!と』に登場するキャラクターみんなに言える事でもあるが、ダンスの技術云々の前に、自分のパートナー/リーダーを大切にする気持ち、敬う気持ち、支えようとする気持ちが、何気ない言葉やしぐさから本当によく伝わってくる。



『背すじをピン!と』で、男女のカップルが手を繋いで登場するだけで、なんだか泣けてきてしまうのはなぜだろう。
リーダーが手を差し伸べる。パートナーが歩み寄り、その手を取る。作中でも何度か登場するリード&フォローの概念は、どちらかに相手を慮る心が無ければ成立しない。善意の壁打ちではなく、コミュニケーションという名のキャッチボールなのだ。土屋くんもわたりちゃんも、みんな、時にぶつかりながら、時に手を繋ぎ損ねながら、なんとかして彼と/彼女と通じ合いたい、分かり合いたい、と奮闘する。
私たちの誰しもが、日常を生きていく中で、多かれ少なかれ『相手が自分を尊重してくれない』場面に遭遇する。それは家庭の中かもしれないし、学校や職場かもしれないし、家から徒歩3分のコンビニへと向かう道すがらかもしれない。それは予測できないし、予防できないし、多くの場合は反撃もかなわない。『尊重してくれない』場面に行き合うたび傷つき、疲れきった体に、暗中模索する彼らの思いがじんわりと沁みる。そして、自分もこんなふうに、自分の目の前にいる人への敬意を忘れたくない、と改めて思わされる。



「私からしたら 彼の方こそすごい 同年代の男の子にあんなひとはいなかった… あんなに素直に 他人に敬意を示せる人…」
と、わたりちゃんは思い返す。
少年漫画における「すごい男の子」とはどんな男の子のことだろう。卓越した身体能力? ずば抜けたセンス? リーダーシップ? ……土屋くんはぶっちゃけ、何も持っていない。彼はこのままダンスのプロになるわけではない。勉強も、あんまりできない。ついでに特にイケメンでもない。どこにでもいる、ふつうの男子高校生だ。それでも土屋くんを、「すごい男の子」たらしめているのは、他者に対する深い敬意だ。プライドや自己愛を持たない、底抜けの利他主義者というわけでは決してない。背すじを伸ばして歩いて行くのに必要なだけの誇りと自尊心とをきちんと背負った上で、彼はひとを尊敬する。そして周囲もそれに気づき、その気持ちに見合うだけの敬意をきちんと返す。美しい、コミュニケーションだ。




『背すじをピン!と』は面白いマンガだ。日本一競争が激しい少年ジャンプの誌面で、突然世界の巨悪と闘い始めたり、お色気に振りきったりすることもなく、毎週確実に、堅実に楽しませてくれた。ドキドキさせてくれた。マンガとしての面白さがぴか一であることは、たくさんの人が語っているところだと思ったので、私はすこし異なる視点からこのマンガを讃えてみようと思った。
最終話を読んで「せすピンロス」に打ちひしがれている人も、まだ読んだことのない人も、よかったら『敬意』というポイントから、この作品を読んでみてほしい。私もこの文章を書くために文化祭編を読み返したら止まらなくなって最新9巻まで読み切ってしまいそうだったので断腸の思いで切り上げてこの文章を書いています。




冒頭の『そんな昔のこと、はやく忘れなよ』という言葉、これはご多分に漏れず、私がつい最近言われた言葉だ。男子生徒の前を通るたびに汚い言葉を投げつけられ、私にラブレターを渡すことが罰ゲームになり、少し前まで普通に話してくれていた男子から「俺の机に触らないで」と言われるような中学時代を送った私には、わたりちゃんのトラウマは非常に、本当に、刺さった。私としてはとっくに忘れて気にしていないつもりでも、意識とは無関係に、ときどき、あの頃の嫌な感じがリアルに蘇ってしまう。私だってポケモンがわざを忘れるみたいに1,2のポカンで忘れたいし、あんなクソ野郎どものせいで気分が悪くなるなんて人生の損失でしかない。でも過去は消えてくれない。大切な思い出や嬉しかったできごとと同じように。
かわいくて頑張り屋さんのわたりちゃんと自分を重ねるわけではないけれど、少しだけ、救われたような気がする。土屋くんに、私も励ましてもらったような気がする。私もきっとこれから長い時間をかけて少しずつ嫌なことを忘れていける、嫌な自分を変えていける。そうだといいな、と思えたから、私からも土屋くんに、この言葉を贈りたい。
ありがとう。



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2016年7月のすじピンイベントにて。
左:バレエ経験者でなかなかポーズがキマっている、ピンクのドレスがお似合いのせーちゃん。
右:背すじは丸いし値札がぶら下がってるしポーズは変だが相当ご機嫌でニヤニヤしている私。

インドに行った女は本当にモテないのか:後編 〜オタクに恋は難しい〜

【これまでのあらすじ】
Tinderというリア充御用達出会いアプリでインド氏に出会った。

525600.hatenablog.jp


 下北沢の雑踏の中から、彼は魔法のように現れた。背が高く、痩せていて、すっきりしたラインの黒のコートを纏っていた。のいさんですか。会えて良かった。彼……インド氏ははにかみながら言った。

 その日は下北沢の小劇場で芝居を観る約束だった。小田急線沿いで仕事をしているインド氏は、仕事終わりにふらりと下北沢に立ち寄り、その日の気分で当日券を買って劇場に入るのが趣味だそうだ。多いときは年間50ほどの舞台を鑑賞する私も、下北沢で芝居を観るのは初めてだ。開場時間には少し早かったので、私たちは下北沢の小道を散策することにした。
「あの、ごめんなさい、昨日のLINE。びっくりしたでしょ」
 私はまず彼にあのことを詫びねばならぬと思い、意を決して口火を切った。あのこととは、インド氏からなかなか集合時間の連絡が来ないことにしびれを切らし、鍵アカで安価を募ってインド氏に送りつけた事案のことだ。

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「ああ、あれ。びっくりしました。えっ、て思って」
 インド氏は困ったように笑った。あんな不審なメッセージを送ってくる女と、よく会う気になれたものだと思ったが、びっくりさせてしまったことは心から申し訳なく思っていたので、私は重ねて丁重に詫びた。いいんです、と、彼は、じっさい意に介していない様子で応えた。本当にいいのかよ。
 駅前劇場、本多劇場、ザ・スズナリ……インド氏は下北ビギナーの私に、丁寧に劇場を案内してくれた。日曜の夕暮れ時、狭い路地は雑多な空気が蠢いて、どこか東南アジアの市場と同じにおいのする。老若男女のせわしなく行き交う人混みを、私とインド氏はそぞろ歩く。誰も私たちがLIKEとNOPEで振り分けられた生き残り同士ということを知らない。



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開演15分前の劇場のキャパはざっと見たところ最大で70といったところだろうか。もっと小さな箱の舞台も観たことがあるのでいちいち驚きはしないものの、やはり、小さな劇場特有の息の詰まりそうな圧を感じる。私とインド氏は二列目のパイプ椅子に並んで腰を掛けた。古い公民館の椅子に敷かれていそうな、ふんにゃりと頼りない座布団。
 芝居が始まる直前の押し殺されたざわめきが好きだ──これに更にバンドやオーケストラのチューニングの音が入ると最高なのだが。私たちは小声でひそひそと他愛もない世間話をする。舞台のセットに描かれたベンゼン環を見て、ゆるキャラの顔にしか見えない、と私が言うと、インド氏は曖昧に笑った。あれは絶対に顔にしか見えないと思う。
 5分ほど押して、ようやく芝居が始まる。2時間15分、休憩なし。私は姿勢を正し、腹に力を込めた。



 いやもうマジでめっちゃ面白かった!!!!!! まさかこんな小さな劇場でこんなでっかい世界観でとんでもなくぶっ飛んだストーリーとキャラクターをゴリ押してくると思わないじゃない!!??? いやすごいよこれ!! こんなの見たことないよ!!!! 2時間15分が体感時間15分だったわ面白すぎて……あ~~~ロビーに普通に役者がいる!!?? 役者がすごい適当で変なテロテロのスウェットとか着て客とへらへら喋ってる~~~~!!!! ウワ~~~~ッやっべ~~~~!!!!!!! ちょっ握手してきていいですか??? いや私ね普段出待ち入り待ちは否定派で絶対にしないんだけどだってロビーにいるんじゃ仕方ないでしょ話しかけざるを得ないでしょエエエ~~~~こんな、こんな自由でいいのかよ嘘でしょすごいな小劇場演劇ってほんとまいったわ~~~~!!!!! あっ今日ありがとうございました超超めっちゃ良かったですまた観に来ます~~~~!!!!!!!!!!! うっそうわどうしよ握手しちゃったヒエ~~~~ッ手洗えない~~~~洗うけど~~~~~!!!!!!! あっごめんなさいね私おもしろい舞台見るとメチャメチャハイになっちゃって~~~!!!!!

「怖いです」

 エッ?

「怖いです……」

 あっうんごめんね……。

 大興奮でビョンビョンと跳ねながら歩く私を隣に置いて長い距離を歩きたくないと思ったのかは知らないが、インド氏は私を劇場すぐそばのおしゃれなカレー屋に案内した。壁際のソファ席をそつなく勧める彼に従って腰を下ろす。おすすめはこれです、と焼きカレーを示されたので、素直にそれに決めた。サイドメニューや飲み物まで私の注文を聞き取って、店員を呼び、私の分もまとめて伝える。なかなかにスムースだ。少しびっくりした。

「のいさんは、どうしてTinderを始めたんですか?」

 水のグラスを傾けて、インド氏が尋ねる。言えない。まさか現役慶應女子がTinderで出会った高学歴男性とやりまくる、(彼女の表現を借りると)『ちんぽの食べログ』を見て野次馬根性で始めたなんて言えない。友達がハマってて、と、なんとなく濁すと、僕もそんな感じです、と返ってきた。本当だろうか。私の他に2人とマッチして、「普通に遊びに行ったり」したらしい。普通に、と敢えてつけるあたりが逆に怪しいが、恐らく私は慶應女子に毒されすぎで、Tinderは実質、出会いというより友達探しアプリに近い。医療系の資格職と言う仕事柄、他領域の人との出会いが新鮮なのだろう。余談だが、今回インド氏と会うことをT女史に伝えたところ、「怖い思いをしたら、大声で叫ぶんだよ」とアドバイスされた。オッケー、ナマステ~!!! って叫ぶわ、と約束したが、今の段階で怖い思いをしているのは圧倒的にインド氏の方である。

 インド氏は、現在従事している医療系の資格職に就くために、大学時代に重ねた苦労を滔々と語り始めた。実は私の両親も同じ資格を持って働いているため、その資格の難易度については幼いころから繰り返し聞かされている。特段新規性のないその話に、私はしょっぱい玉ねぎドレッシングのかかったサラダを口に運びながら相槌を打つ。あまり親しくない男性の苦労話に、意識が現実から乖離していくのを感じる。正気を保つように私は必死で話に食らいつく。うんうん、へえ~、そうなんですね。あはは、大変ですね~。うわ~。だめだ。このままではカレーが運ばれてくる前に理性が崩壊してしまう。私は反撃に出ることにした。

 私って、LINEでも言ったんですけど、すっごいオタク気質なんですよね。引きませんか? 私、わりと「私オタクなんです」って言っちゃうタイプなんですけど、そのたびに「隠さないんだ?」ってびっくりされるんですよね。

「えっと……別に引いたりしないですよ。アニメとかマンガとかなら、僕も大学時代にわりと好きで見てましたし……」

 えっ本当ですか!! 例えば何が好きなんですか?

「そうですね、一番好きなのは、攻殻機動隊とかかな」

 あ~~!! 今度ハリウッドで実写化されますよね!! スカーレット・ヨハンソン!! トレーラー観ました?

「あ、はい! それですそれです。すごいですよね、僕けっこう楽しみで」

 うんうん、私、アニメはちゃんとは観てないんですけど、菅野よう子じゃないですか。音楽が。だからサントラはだいたい持ってますよ。菅野よう子繋がりでマクロスとか、坂本真綾とかも。

「菅野よう子はいいですよね。マクロスはフロンティア以外には観たんですか?」

 フロンティアだけですね。ロボットアニメって実はあんまり得意じゃなくて。

「僕もです。ちょうど大学時代に流行ったよね」

 カラオケ行くたびに娘々メドレー歌ったなあ~。『キラッ☆』とか言っちゃって。

「シェリルですね」

 はっ!? え、ちょっと、『キラッ☆』はランカちゃんですよ!! ご存知、ないのですか!?? 私、ランカ過激派なんで、怒りますよ!!!

「エ……」

 エ、ランカ派かシェリル派かで、揉めませんでした? 私、友達としょっちゅう激論戦わせてたけど。

「別に、そういう感じじゃなかったですね……」

 あ、そうなの……。

「のいさんは、一番好きなアニメは何なの?」

 絶対笑われると思いますけど。デジモンです。無印じゃなくて02のほう。

「デ、デジモン!? そう来たか……」

 インドさん、同年代ですよね? デジモン通らなかったんですか?

「通りませんでしたね」

 うっそ~~~!!!! 信じらんない……デジモンはね、やっぱりバイブルですよ。あんなに前のアニメだけど未だに心の奥の方にあるの。

「あれ、でもデジモンって、ロボットアニメじゃないんですか?」

 ハアァ~~~~~!!!??? それちょっと、えっ、違います!! 全然違います!!! デジモンっていうのは一人に一匹の無二の存在なんです!! 生き写しの、双子の魂なんです!!! ポケモンのサトシなんかは、手持ちをとっかえひっかえするでしょ? デジモンは違います!! パートナーデジモンはひとりなんです!! 替えがきかないんです!!

「えっと、ゼロツー? というのは、アドベンチャーじゃないんですか?」

 アドベンチャーが無印と呼称されてるほうですね、最初に放送されたシリーズで、その3年後の世界を描いたのがデジモンアドベンチャー02です。もちろん無印ありきの02なんですけど、だから02を見るならまずざっとでいいんで無印を観て欲しいかな。『ぼくらのウォーゲーム!』は? 観てないです? あれ、細田守の『サマーウォーズ』観ました? 観たでしょ? あれね、『ウォーゲーム!』の焼き直しですよ、完全に。私に言わせれば『ウォーゲーム!』のほうが話がシンプルで綺麗にまとまってて好きなんですけどね、あれはほんと、アニメ映画の金字塔だと思います。絶対観たほうがいいですよ。

「へえ~~~……なんか、のいさんってすごいですね。深いというか……」

 私は気が付いていた。話がすすむほどに、インド氏がのけぞるような姿勢になってきている。

 完全に、気圧されている。

 前回、私は、私がインドに行った事実について芳しい反応を得られないのはインドに対する偏見のせいだと語った。違うのかもしれない。これは、どう見てもオタクたる私のオタク性に対する『引き』だ。オタクとは、特定の事柄について尋常でない興味と執拗なほどの行動力を見せる態度一般のことだ。私の趣味嗜好、ひいては生き方が『オタク的』である限り、私は『オタク的』でない多くの人々から「なんか、すごいね……。」という言葉を引き出し続ける。

 会計はインド氏が端数を出してくれた。小田急線と井の頭線の交差する通路で、私たちは別れた。本当に、あっさりとした別れだった。「お疲れ様です」の響きの軽さが、毎日顔を突き合わせて働く同僚へ退勤時にかけるそれと同じだった。


 インドに行った女がモテないんじゃない。私が、モテない。
 私は自分がモテない理由をインドに責任転嫁して、現実逃避をしていたのかもしれない。インドに本当に非は無かったのだ。何もかも私の責任だ。私の、人生の責任だ。私がオタクなのは仕方がない。何せ、インドへサイババに会いに行ってしまうような父親の娘なのだから、生まれる前から運命づけられていたと言って良い。26歳。周囲の友人たちは子どもこそまだ持たないものの、ぼちぼちと結婚して身を固め始めている。いまこの瞬間も人は出会い、別れ、LIKEし、NOPEされ、インドでは観光客がリキシャのドライバーに景気よくぼったくられる。私の文章は、相変わらず朦朧としている。何もかも、下北の舞台が面白すぎたせいだ。あれは本当に良かった。まだ余韻から抜け出せない。役者から舞台の感想をふぁぼりつされた。怖い世界だ。それはともかく、あとでDVDの通販ができるか調べなくてはならない。特に目立ってよかった役者の次回公演も行ってみたい。

 オタクに、恋は難しいのだ。


(余談なお知らせ: ご好評いただいていた『T女史と監督』ですが、監督がときどきはてなを覗いていることが判明したため、一時的に非公開にしています。)

 

インドに行った女は本当にモテないのか:前編

私は悩んでいる。私は私が『インドに行った』という事実を持て余している。こいつをいったいどうしてやろうか、と考えている。インドに非はない。そして私にも非はない。私は『インドに行った』という事実が現代日本社会において持つ意味、なぜこんなにもインドだけが善良な市民の想像力を凌駕しうるのか、という哲学的なテーマについて、ひとり思索に耽っている。


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ニューデリーの街角で。


ややこしく書きすぎた。つまり「インドに行った」と言うだけで、ドン引きされてしまう現実に、困惑しているだけだ。特に同年代の男性の反応が芳しくない。へ~、旅行好きなんだ~、海外とか行ったことあるの? そう尋ねられるたび、私は今まで訪れた国を指を折って数え上げる。まずアメリカでしょ、スペインでしょ、マレーシア……そこまではいい。問題はインドだ。インド。えっ、インド!? インド行ったんだ……え、なんか、のいさんってすごいね。何がすごいんだろう。確かにハワイだのオーストラリアだのに比べれば、旅行先としてマイナーではあるし、決して観光立国とも言えないが、銃撃戦が頻発するわけでもなく、ましてや、ヤバい疫病が蔓延っているわけでもない。いちおう英語は通じるし、都市部ならショッピングモールもお洒落なカフェもコスメのお店だってあるし、夜道を女性だけで歩いたりさえしなければ特に命の危険を感じる事もない。


私がインドに行ったのは、自分の研究のためなので、バックパッカーをしていたのでもなければ、ガンジス河でバタフライをしたわけでもないのだが、彼らにとってその辺の事情はさして重要ではないらしい。何でそんなところに行ったの、とも聞かれる。もともとアジアの国々には興味があった。国教がヒンドゥー教というところにも惹かれた。前年に訪れていたマレーシアがイスラム教の国だったので、信仰のあり方や街の雰囲気を比較してみたかった。また、インド映画『きっと、うまくいく』を気に入って劇場に3回も観に行ったほどなので、あのインド人特有の巻き舌の強い英語を生で聞いてみたかった。そんなようなことを言ってみても、なんだか要領を得ないような顔をされる。人生変わった? そんなことも聞かれる。インドに行く人はたいてい人生が変わって帰ってくる、という都市伝説があるらしい。インドに行ったくらいでころっと変わるようなお手軽な人生を送れるハッピーなパーリーピーポーはカンボジアで井戸でも掘ってろと思うのだが、特に人生は変わらなかった、と素直に言うと、人によっては露骨にガッカリされる。


ところで私の父親はサイババに会いにインドにある彼の寺院まで行ってしまうようなエクストリームな男なのだが、そんな父にドン引きするならまだ分かる。私だって我が父ながらちょっとどうかしていると思う。しかし、たかだか一週間程度ニューデリー近辺をふらふらしたくらいで、そこまで引かなくてもいいではないか。最初は「女のくせに通ぶってインドとか行って……」という意味での「引き」なのかもしれない、と思っていたが、どうやらこれは"インド"への偏見であるようだ。そして、そこに「女が」「パックでもツアーでもなく個人で」がぶら下がることによって、ますます彼らの理解の範疇を越えてしまう。何の因果でインドだけが、彼らの脳内地図の中で、かつて西洋の人々が『極東』と呼んだような片隅にまで追いやられてしまわなければならないのか。


というかそもそも、どうして私がこんな朦朧とした文章を書いているのか、それを説明するには私がTinderというマッチングアプリを始めたところまで時間を巻き戻す必要がある。Tinderとはfacebookと完全に連動しているアプリで、一般のパーリーピーポーがハングアウトできるフェローとマッチしてグッドなタイムをシェアするための、いわばリア充版出会い系サイト……と言ってしまえば誤解を招くのであろうが、これまでの出会いアプリと一線を画すことは間違いない。話題になっているものに首を突っ込んでオモチャにするのが大好きな私が、これを見逃すはずがなく、アプリをDLして15分後にはすでに数名の男性とマッチングが成立していた。その中で、タージ・マハルをバックに佇む写真をプロフィール画像に設定していた男性がいた(以下、便宜上彼をインド氏と呼ぶ)。マッチングが成立した男性の中でも、落ち着いた文体でメッセージを送ってくるインド氏は特に好印象だった。私はインド氏とLINEを交換した。やっと私がインドに行ったことをポジティブに受け止めてくれる男性と出会えたと思った。


しかし、得意の特定作業(過去記事参照)を駆使してインド氏の経歴を掘って行く作業の中で、私はあることに気が付いてしまった。この人、ツアーでインドに行ってる……。長期休みの前になると、大学の前で配られるパンフレットに載っているような、飛行機からホテル、買い物する土産屋に三度の食事と文化体験まで、全部お膳立てされているタイプのパックツアーだ。やっちまった、と思った。来週、私は彼と観劇をして食事に行くことが決まっている。インド氏は私の話にやっぱり引いてしまうのだろうか。これはリア充御用達出会いアプリ(と、そこで出会った縁もゆかりもない男性)をネタにブログを書いてアクセス数を稼ごうとした下衆な私にシヴァ神が与え賜うた試練なのか。



インドに非はない。そして私はインドが好きだ。いつか、私のインド体験談を、優しい目で聞いてくれる男性が現れるだろうか。そして、私とインド氏のハングアウトはレッツハブファンでイッツオールウェイズアグッドタイムになるだろうか。待て次号。

21世紀だけど完全アドレス請求制の同人サイト作ったよ

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↑これ、表示されると絶望したよね(画像です)



!Attention
いらっしゃいませ。「on my own」は、管理人・noiが運営する雑記ブログです。
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・実在の企業、団体、関係者様各位とは一切関係ありません。
・同人、二次創作、BL等の単語や意味を知らない方は大丈夫です。まだ戻れます。
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以上、ご理解いただける方のみ、サイト名からお入りください。

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これはダミーエンターです。注意書きをきちんと読んでいただけましたか?
こちらからインデックスに戻り、もう一度読み直してください。

















ようこそいらっしゃいました。
あなたは 114514 番目の迷える子羊です。
キリ番 next→114555 キリリク受け付けます(文・絵・夢OK)。キリリク掲示板へどうぞ。
最終更新 10/20 パラレル長編部屋『夜ニ咲ク花』(遊郭パロ)24,25話UP



こんな辺境まで辿りついてしまったあなたはきっと私と同じ穴の貉なのでしょう。
かつて、多くの腐女子がインターネット上に自分だけのお城を持っていました。
それは『同人サイト』『ホムペ』等と呼ばれており、他でもない私も一国一城の主でありました。


あの頃、つまり、私がまだダイヤルアップでピーヒョロ言わせながらインターネットに繋いでいた頃。
世は正に大個人サイト時代。
ある者はホームページビルダーを使い、またある者はメモ帳にタグを直打ちし、
思い思いの城を、あちこちに築き上げていました。
時にお城はたいへん貧相であり、また、時にたいへん複雑な内部構造を持ちました。
入った途端にでっかい音でMIDIが鳴る、ブラウザによっては表示がメチャメチャになる、
リンク切れてる、文字化けしてる、最悪ウイルスに感染する、等々……。
それでも主が愛情と手間暇をこめて築いたその城には、かけがえのない宝がたくさんあったのでした。
稚拙ながらも楽しく書いた作品、毎日書き込み合ったBBS、解析画面に一喜一憂したweb拍手、
個性とこだわりとをいっぱいに詰め込んだ、ちいさな、愛しい、私だけのお城。
管理人さんに100の質問に答えたり、キリ番を踏み逃げされて仕方なく自分で自分のリクエストに応えたり、
掲示板に書き込まれたエッチな広告を憤りながら消したりしていた、あの頃がもう、遠い昔の事のように思えます。


しかし、時が経つにつれて、当時競うようにしてお城を大きくしていた者たちは、
一人、また一人と、城を離れていきました。
彼女達のお城には、三ヶ月以上更新されないページに表示されるアレがぶら下がりっぱなしになり、
サーチエンジンが潰れ、インフォシークが死に、So-netが死に、ジオシティーズが死に……
私は、誰も遊びに来てくれないお城とともに、取り残されました。
彼女たちはいったい、どこへ行ってしまったのか。
そうです。今ではすっかりお馴染みの『pixiv』と『Twitter』です。
もう、タグなんか打たなくていいのです。
いちいち検索避けを入れなくても、鍵をかければいいのです。
ちんたらBBSだのメルフォだの使ってないでリプを送りあえばいいのです。
BODY内に入れるはずのタグを間違えてHEAD内に
入れてしまったことに気付けないまま崩れまくる表示を前に
うんうん唸りながら時間を無為に過ごさなくていいのです。
世界はすっかり便利になりました。
私は、地方の潰れたショッピングモールみたいになってしまった
自分のお城を、それでも解体することなく、みんなの後に続きました。
もしかしたら、本当にもしかしたら戻って来てくれる人がいるかもしれない。
そんな私の希望は、殆ど、当て所の無い祈りのようでもありました。


pixiv共和国に小さな部屋を借り、twitterと言う名の流れる市民プールで
遊ぶ平穏な毎日を送っていたころ。
それなりに楽しく暮らしていた私を、いくつかの事件が、立て続けに襲いました。


ひとつ、pixiv一点爆撃事件。
pixivの評価機能を使って、10点満点中の1点を、私の公開している作品に
片っ端から付けられるという、謎の通り魔事件。
ログは残らないので、誰がやったのか、知る術はありません。
悪意があるのか、ないのかさえも。
しかし評価回数は表示されるので、「あ、こいつ一点爆撃受けたな」と
いうのは傍目からも一目瞭然になってしまう、もはや公開処刑。
ただでさえ評価回数・総合得点・ブクマ数など、書き手と作品の『価値』が
露骨に数値化・序列化されてしまうシステムのSNSで、これは堪えました。

ひとつ、感こな事件。
事件というか、慢性的に引きずっていた持病のようなものなのですが、
とにかく、感想がこない。
アクセスカウンターを導入しているのでサイトにもpixivにも
一応、それなりの人数の人が見に来てくれてはいたのですが、
誰も痕跡を残してくれません。忍者なのでしょうか。

最後にして最大の事件、これは何と言ったら良いのでしょうか、
当時私がメインで扱っていたキャラクターが、そこそこ長きにわたって本誌から
姿を消していたのですが、それが突然、見違えたように立派になって再登場を果たしたのです。
例えるなら、ロッチ中岡がいきなり失踪して、しばらくしたらピース又吉になって帰ってきたみたいな感じです。
いや、ピース又吉はすごいです。分かっています。『火花』読みました。良かったです。
でも私が応援してたのはロッチ中岡なんだよ!!!!!!!!!!
私のロッチ中岡を返してよ!!!!!!!!


病みました。


本誌の話はガンガン進みます。新展開やメディアミックスでファンも増えました。
作品名とキャラ名でtwitter検索をかけたりすると(やめときゃいいのに)
「えっ、××ちゃん絶対(作品)ハマると思うで~!読んで読んで~!
(ピース又吉が登場した巻)からの(キャラ)マジドチャクソ性癖だから……!!」
などというツイートが引っかかります。
ロッチ中岡はもはや無かったことにされているのです。
pixivでもtwitterでも新展開からのファンが楽しそうにピース又吉を描いています。
ごめんなさい。そろそろお笑い芸人に喩えるのやめます。


なんだか、異国の街に身一つで放り出されたような心地でした。
『もう、私の作品なんて、誰にも必要としてもらえないんじゃないだろうか。』
そんな昏い考えに思考を乗っ取られ、鍵アカで「リスカしょ。。。」などと
呟いては「イッキ!イッキ!!」などというリプライをもらって泣いていた
ある日、私は突如思い立ちました。


そうだ、私にはお城があったじゃないか!!


幾許かの作品を残して、pixivの投稿作品のほとんどを非公開にしてしまい、
twitterに鍵をかけ、作品ページを引っ込め、新たに倉庫ページを設定して
今までそのジャンルで書いた文章の全てを詰め込みました。
そしてトップページには、そのジャンルの文章はアドレス請求制の倉庫に
全て格納したこと、今でもそのジャンルとキャラが大好きであること、
申し訳ないが読みたい人はメールで問い合わせるように、
というような文章を置いて、日付と名前を添えました。
(その文章は近しい友人の間で『遺書』と呼ばれ、今でも笑い種になっています)
完全に据わった私の目に、もう、迷いはありませんでした。
サイト内の一部とはいえ、21世紀にもなって、アドレス請求制の同人サイトを作ってしまったのです。


サイトを倉庫化してしまうと、驚いたことに、私の心は自然と凪いでいきました。
もう、私の作品を好きでいてくれる人しか、このページに辿りつけない。
エロ広告も出ない。他のおすすめ作品も出ない。評価もブクマも閲覧数もない。
誰の悪意も受け付けない。好奇の視線にも晒されない。
アクセスカウンターも、拍手ボタンも、全て外してしまいました。
私はいつの間に、気づかないうちに、本当にたくさんのことに縛られて
自分の大好きな趣味を自分でつまらなくしていたんだ、という事実に
そのとき、やっと気づいたのです。
たくさんのことというのは、具体的には、

「所詮"二次"創作でしょ」「たかが趣味でしょ」「自意識過剰」
「将来作家やマンガ家になるわけでもないのに、何本気になってるの?」
「たいしてうまくもなければ、特段努力してるわけでもないくせに」
「褒めてもらうツールとして同人を利用してない?」
「本当に創作が好きだったら感想なんかなくても書き続けられるはず」
「そんなカプ誰も書かない、読まない、買わない」
「地雷」「逆カプ」「解釈違い」「原作愛がない」

といった呪詛のような言葉たちです。
それももう私には届きません。
ありのままに自カプ愛でるのよ!!!


……さて、そんなふうに氷のお城に引きこもって、3年が経ちました。
先日、私はまとまった時間ができたことをきっかけに、Wordpressの勉強をして
今度はサイトを一部どころか完全に倉庫化してしまいました。
最初は、Wordpressで同人サイトを作ることを奨励する記事にしようかとも
思いましたが、少なくともHTML、CSS、PHPの仕組みを理解していないと
難しい上に、手間も金(サーバー代)もかかるので、冷静に考えてやめました。
パスワードがつけられるFC2ブログとか、絵描きさんならTumblrとか
それこそはてなブログとか、サイトっぽいものを作るためのツールは他にもいろいろあります。
検索すればいくらでも情報は出てきますので、ここではお話しません。


結局何が言いたいのかと申しますと(出オチじゃないのか、というご意見もご尤もですが)
みんながpixivやtwitterをやっているからといって、
みんながそれに倣う必要はないのではないかな、と思います。
私も当面はpixivからサイトへと誘導するスタイルでやっていくつもりです。
何より、相互フォローがどうだの、ブクマ数がどうだのといった
作品の外で起きるゴタゴタに、疲れてしまっている方も、少なくないのではないでしょうか?
みなさん、もう一度、お城に戻ってきませんか。
自分の作品だけが飾ってあるホールを見回すのも、なかなか幸せですよ。



最後に、このページに裏ページへのリンクを隠してあります。
18歳以上の方はぜひ探してみてください。

『会いに行ける観劇オタク』にならないために ──私がツイートを全消しした理由

結論から言うと、Twitterに何でもかんでも書くのはよくないし、ツイートは定期的に全消しするべきだし、Facebookのプライバシー設定もガチガチにキメとくべきだし、インターネットはとっても怖いところなのでみんな気を付けたほうが良いです。

順を追ってお話します。


私の趣味はネットストーカー改め特定作業です。
常日頃から「私ネトストが趣味なんで、あんまり日常漏らすと特定しますよ」と周囲を脅していたのですが、あまりにも人聞きが悪いので「特定作業」に呼称を改めました。
ターゲットのTwitterやブログ等の何気ない発言や写真から、その人が特に明言していない個人情報を探り出す行為。それが『特定』です。
もちろん、手にした個人情報を使って誰かを脅したり、実際に危険に晒したり、その情報を第三者に渡したりということは一切していません。
(ちなみに、現実のストーカーでも、現行犯でないと逮捕は難しいそうです)

たとえば、その人の出身大学を特定したいと思ったら、私で言えば「@noi_chu 大学」などでツイート検索をかけると、私の今までのリプライ含めた全ツイートの中から、「学校」というワードの入ったものだけを抽出することができます。
そこから「大学の近くに〇〇が出来た」「今度の学祭で(有名人)がライブやるらしい」というようなツイートを探し出し、Google検索にかけたり
期間を限定して(2015年3月のツイートの中から検索したいときは、「(有名人) 学祭 since:2015-03-01 until:2015-03-31」)ツイート検索したりすれば
びっくりするほど簡単に大学を特定できます。
また、ツイッターを始めたばかりのころにタメ口でどうでもいいリプライを飛ばし合っている人は地元の友人だったり同期だったりする可能性が高いので、そこからも辿れます。
その他、早朝に「○○線の遅延」について呟いているツイートがあれば通勤ルートが分かりますし、「近所のカフェでうんぬん」というツイートに添えられた写真から店名を割り出すことができれば、居住エリアにも察しがつきます。
……このような合法ネトストハウツーを語っていると何万字あっても足りないので以下省略。
知りたい人は個人的に聞いてください。


その観劇ファンの女性のツイートを初めて見た時、すぐにピンときました。
「ああ、特定が簡単そうだな」、と。
頻繁に自撮りを上げる人や、ふぁぼした数だけ~系のタグを好んで使う人は、己の情報管理に無頓着なことが多いということは経験上断言できます。
彼女とはフォロー関係にありませんでしたが、アカウントは公開状態でしたので関係ありません。さっそく私は、彼女のツイートから「仕事」「家」「旦那」等々のワードを含むツイートをピックアップする作業に取り掛かりました。


結果、全体公開されている彼女の発言から、以下の情報を割り出すことに成功しました。

・本名
Facebook
・複数の別アカ
・家族構成
・交友関係
・職場
・部署
・元職場
・旦那の職場
・出身中学
・出身高校と部活
・出身大学と学部
・所属ゼミとサークル
・最寄り駅
・現住所の大体の位置
・元カレ
・元元カレ

そして極め付けに、
本人に気づかれずに本人の姿を確認することまで成功しました。
重ねて言っておきますが違法な手段は何も使っていませんし尾行などもしていません。
劇場のロビーで「あ、あの人だな」と遠くから特定する程度のことだと思ってください。

っていうかまさか本当にいると思ってなかったんです!!
さすがにフェイク入ってるだろうと思ってたんです!!! 信じて!!!!!



何も知らずにのんきに歩く彼女の背中を見て、私は急に恐ろしくなりました。
自分のしていることに恐ろしくなったのかというと、そうではなく、

こんなことしてる私自身、情報管理は大丈夫だろうか?

と、突然に、猛烈に、不安になってしまったんです。


そこで私は、普段自分がどのように特定作業をしているか、思い返して、そこに回り込むようにして自分の情報を消していくことを思いつきました。
たとえば、非公開の鍵つきアカウントでも、TwilogやFavstarにツイートが残ってしまっていることが多いので、私は鍵つきアカウントの特定作業を行うときにそこから過去のツイートを掘り出したりします。
ということは、先回りしてTwilogやFavstarのログを消してしまえばいいわけです。
私はたっぷり3時間ほど使って、自分の今まで使ったアカウントの全てで、

ツイートのログをHDDに保存する

自分のアカウント名(@noi_chu)でGoogle検索する

出てきたツイート記録サービスに片っ端から削除申請する

フォト蔵やTwitpicなど、画像保管サービスも、画像をダウンロードしてからアカウントを抹消する

黒歴史クリーナーで全ツイートを削除する

使ってないアカウントは抹消する

という作業を行いました。

これでも完璧ではないし、公開アカウントから私に送られたリプライや非公式RTは残ってしまいます。
そこはもう仕方がないので、今できることを確実に、全てやりました。
(もっと効率の良い方法があったら教えて頂きたい……。)
あとは今後、ますます注意を払ってTwitterを使うだけです。


そして今、私は、きょうも元気に個人情報を垂れ流し続ける彼女に届くことを祈りながら、このブログを書いています。


Twitterに何を書くかは個人の勝手です。
観劇予定を名前のあとに@で入れてる人や「今日のコーデ(はあと)」をアップする人に向かって、「劇場出口から尾行されて自宅特定されたいの!??」とか、
特殊な職種なのに会社の愚痴を言ってる人に向かって、「バカッター案件で炎上しても知らないから!!!」とか、
役者の個人情報や未確定情報を無責任に広める人に向かって、「地獄へ行け!! 呪われろ!!!」とか、
口出しをする義務も権利も、私にはありません。


それでも。心からの反省と、自戒の念と、お節介ババアの老婆心とを込めて、言わせてください。



自分を守れるのは自分だけ。

何かあってからじゃ、遅いんです。


ネットストーカー改め、Twitter探偵noiからは以上です。

(6/4 追記)
あまりに当たり前のことなので書かなかったんですけど、ストーカー関連のトラブルはストーカーする側が100%悪いです。痴漢や殺人と同じです。
できる自衛はしたほうがいいよね、という話です。

日常雑記: A monster in a mirror

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長い間、鏡の中には怪物が棲んでいた。


22くらいの歳まで、鏡をきちんと見たことがなかった。
鏡に映る自分の素顔を思い出そうとしても、うまくいかない。鏡に向かうことさえ稀だったために、私はその頃の自分の顔を覚えていない。
もちろん写真を見れば、そこには20歳の私や17歳の私が鮮明に映っている。でも、どうにも違和感が拭えない。これは誰なんだろう、と思いさえする。だって見覚えないんだもん。


鏡にはとんでもない怪物が映っているのだと思っていた。
鏡だけじゃない、お店のショーウインドー、パン屋のガラス窓、エレベーターの中、磨き込まれたキッチン、どんなところにも怪物は現れて私のことを脅かす。そのたびに私は目を背けた。
服を試着するたびに、「顔から下しか映らない鏡を用意してくれ」と思った。
美容院に行けば小一時間は怪物とマンツーマンだ。地獄だった。


つまり私は自分の事をとんでもない、怪物のようにおぞましいブスだと思っていたのだ。

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