on my own

話し相手は自分だよ

同人女の結婚

 あれは秋の日のことだった、と私は想起する。程なくして、いや夏だったかな、と、脳の別の部位で疑い出す。どちらにしても、私たちが出会ったのはビッグサイトの東ホールだった、西ではなく。あの頃、私たちはモスキート音を煩く感じる程度には幼く、オフセット印刷をためらう程度に懐も寂しく、ただ猶予された時が少しずつ終わりゆくのを意識のどこかで感じながら、しかし抗うこともできないのだと、深いところで知っていた。
 人生の時間が、砂時計の砂のように定量化できるのだという一種の強迫観念を、私たちが自らの身体に強力に埋め込んだとき、『青春』などというものは途端に輝きを増すのだろう。かつては青春学園中等部テニス部の1年生だった私たちも、いつしか「生命保険 必要」とか「卵子凍結 予算」といったワードで検索せざるを得なくなり、虫歯だと思って掛かった歯医者で「加齢により歯茎が下がっています」等と言われるようになる。
 そして私たちは忘れてゆく。大江戸温泉物語バトロワパロの話をして、笑い過ぎてこのままここで全裸で死ぬんじゃないかって思ったこと。有楽町のガード下のドイツ居酒屋で、酔いすぎて何故かカタコトの英語で手嶋純太とのデートの思い出を語り合ったら、隣の席のサラリーマン達が震えながら笑っていたこと。深夜3時までかかって作った無配を刷りに行くコンビニまでの近道に降りた夜の深さ。逃れようもなく忘れてゆく。まるで最初からそんなことは起きなかったかのように、忙しなさに紛れて、思い出は去る。
 これから先、日々に埋没して窒息しそうになったとき、私たちは藻掻きながら一体何を思い出すだろう。何に取りすがろうとするだろう。「あの頃は、」から始まる語りに、しかし、私は過去と現在との断絶を見る。「おおきくなったらセーラームーンになりたい」と、園児の私は何かにつけて口にしていたらしい。私たちは、果たして別の"なにか"になりうるのだろうか。何かを失いながら、損ないながら、他の何者かのかたちをとらんとすることを「おとなになる」と呼称するなら、セーラームーンになろうとするほうがまだ美しいと思ってしまうことを、もし告白したら、あなたは笑うだろうか。


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(前回作→『女友達の新しい彼氏との馴れ初めを聞きに行ったら死ぬほど文学だったから文学書きました - on my own』)


 T女史からLINEの着信があったのは、すっかりステイホームにも慣れ、外出自粛検定準2級を取得して間もない昨年6月のある日のことだった。
「あのね、私結婚するの。"どつ本"と」
 "どつ本"というのは、「ヒプノシスマイクのオオサカ・ディビジョン『どついたれ本舗』のメンバー白膠木簓の夢小説を書きたかったが大阪弁がよく分からなかったため研究のために付き合い始めた大阪出身の男性」の略で、きっかけはともかく順調で平穏なお付き合いをしていることは以前から聞き及んでおり、その報告自体にさほど大きな驚きはなかった。私はひんやりとした床に寝そべりながら犬のおなかをワシワシと撫でて、あ〜そうなんだおめでとー、などと言おうとして、思わず起き上がった。喉が潰れた伊之助みたいな声で口走る。えっ苗字は?
「それなのよー。実は私たちさ、日本でまだ夫婦別姓が認められてないってついこないだまで知らなくて」
 普段はハンドルネームで呼んでいるが、T女史の本名は美しい。苗字と名前が連なると、マイルドな宝塚の娘役のようで、非常に清廉かつたおやかな印象だ。渋谷の交差点で100人に聞いたら65人くらいは芸名か何かだと判断しそうな感じ。本名を出すわけにもいかないので、ここでは仮に「白河ゆり」としておくが、私は彼女が「白河」でなくなるのが本当にマジのガチで嫌だった。そしてそれは彼女も同じであるはずだった。
「そりゃ私も生まれた時からずっと付き合ってきた名前変わんの嫌だからさ〜。どつ本と腹割って話したわけよ。したら、どつ本本人はそこまでこだわりはないけど、一応長男だから、実家のほうが抵抗するかもしれないって話になって」
 念のため、どつ本の苗字を尋ねる。万が一にも「尾形」とか「アッカーマン」とかだったらあるいは、と思ったが、石を投げたらその苗字の人に当たりそうな(人に向かって石を投げてはいけない)ごく一般的な苗字だった。ここでは仮に「田口」とする。た、田口ィ~~!??? 私は憤怒した。憤怒にまみれて、「長男であることをアイデンティティに掲げていいのは竈門炭治朗だけ」とか、「田口とかぜってー血継限界使えねーじゃん」とか、酷いことをたくさん言った。対してT女史は終始どこか呆れたような、半分諦めたような口ぶりである。
「会社の人とか旧姓使うでしょ? だから普通に白河でいられるものと思ってたの。調べたら日本では議論されてはいるけどなんかしばらくは無理そうって感じで、びっくりした」
 ちょうど先の3月に丸川大臣の予算委員会での答弁拒否が話題になっていたところで、そのトピックは(しばらく結婚する予定もないにせよ)私も緊張感をもって注視していた。選択的夫婦別姓に反対なら反対と堂々と主張すればいいのに、7回も答弁を避けた丸川珠代、イエスを知らないと3回言ったペテロよりもなおタチが悪い。それにしても、「みんなはああしてるけど、私はこうしたい」とか「ここが不便なのでこう変えたい」と言う人がいると、ほぼ無関係の人が「伝統が〜」とか「絆が〜」とか言って全力で邪魔しに来る構図、本当によく見かけるけれど一体何なのだろう。他人の選択に口出しする輩はバニラのトラックにでも轢かれてしまえばいいのにと思う。
事実婚でもいいって彼は言うんだけどねー」
 と、T女史はどこか他人事のように言う。彼女もまた、私のLINE友達一覧の、「〇〇(××)□□」メンバーに加わるのだろうか。事実婚なら事実婚で、「親に反対されたのか」とか「相手の苗字になりたくないなんて本当に愛してないんじゃないのか」とか外野から一生言われ続けるのだろうか。窓の外はもう二度と晴れそうにない曇天で、しばらく散歩に行けていない犬の瞳もまたどんよりと陰っていた。






 夏が過ぎ、街に人が戻りつつある晴れた秋の日、私は彼ら──つまり、T女史とそのフィアンセのどつ本と、日比谷公園にほど近い、クラシカルな雰囲気のカフェにいた。その日の夜は、浜松町の四季劇場で柿落とし公演として開幕したばかりの『オペラ座の怪人』を3人で観に行く約束だった。
 そういえば、T女史と出会って間もないころに、あれは汐留の四季劇場だったけれど、『Wicked』を一緒に観に行ったことがある。終演後、あろうことかグリンダの方に感情移入して爆泣きしている彼女を見て「この女……只者ではない」と密かに打ち震えたものだ。
 初めて会ったどつ本は、物腰も話し方も何もかもが柔らかく、ああ、彼は私たちとは違う、オーガニックなティーンエイジを過ごした側の、おもしろフラッシュ倉庫なんて必要のなかった類の人間だ、ということがすぐに分かってしまった。白膠木簓どころか市丸ギンも、はたまた忍足侑士の面影さえ無かった。T女史曰く、彼は子どもの時分に一度も、誰からも意地悪をされたことがないらしい。そんなふうに育つことが果たして可能なんだろうか、PTSDか何かで記憶を封印しているだけではなかろうか、とはじめ疑わずにはいられなかったが、実在論についての討議をするまでもなく、どうやら世界には本当にそうやって育った人間がいるらしいと、話しているうちに認めざるを得なくなった。
 窓ガラスから差し込む、よく冷やしたストレートティーみたいな陽射しを受けて、私たちは心地よい秋の午後を楽しんだ。私は、いつだったか彼女がZARAでゲラゲラ笑いながら選んでくれた、とんでもねーボタニカル柄のワンピースを着ていたが、それは私たちの幸運と幸福を象徴するように、不思議とその場によく馴染んだ。身を寄せ合い、話の合間にアイコンタクトをとる二人は少女漫画のように可愛らしく、思春期の愛読書が岡田あーみんだった私のような人間には少々眩しい。小洒落たオープンサンドの彩り、鼻をくすぐる焼き立てのパンのにおい、周囲の客の弾んだおしゃべりに包まれて、私たちは欠けたところのひとつもない、『結婚を控えた男女と、それを温かく見守る女友達』だった。完璧な午後を演出する、いくつかの愛すべき小道具だった。
 タクシーに乗って向かった新生・四季劇場の周辺は、再開発によってすっかり様変わりしていた。建て替えられる前、以前の四季劇場の学生席にいったい何度通ったことだろう。そしてあの頃の私はきっと、いつかタクシーでこの場所に来るようになるなんて想像もしていなかっただろう。建て替えを免れた自由劇場が、真新しい建物に挟まれ窮屈そうに佇んでいた。
 芝居が終わり、出口へと向かいながら「結局、バカと人殺しどっち選ぶかって話だよね」とT女史と頷き合っていたら、どつ本は「えっバカの方に決まってるじゃんそんなの!?」と困惑しきっていた。なんて健やかな魂。メチャメチャいい奴。付き合いたい男は捻くれたパーマのキャノンデール乗りでも、彼女は彼のような人間を結婚相手として選んだのだ。T女史のバランス感覚に敬服した。
 時刻は夜8時。別れるには何となく早すぎる気がして、どうしようかと思案していたらどつ本が、ちょっと小腹を満たせるような丁度いい、感じのいいお店が六本木のほうにあると言った。電車で行こうか、タクったほうが早いか、いや先に電話で予約を、とスマホを覗き込みながら二人が考えてくれている間、私は、竹芝埠頭のオレンジの灯りに縁取られた2人のことをぼんやりと眺めていた。メチャメチャいい奴と、そいつと結婚した、聡明な私の女友達。




 あれから半年ほどして、結局、彼らは婚姻届を提出したらしい。T女史は書類上は「田口ゆり」になったが、実生活では一貫して「白河ゆり」で通すのだそうだ。自粛期間中から互いの家を行き来していた彼らは、タワマンの一室で晴れて家族としての生活をスタートさせた。しかし、八丁堀という地獄じみたロケーションにあった住まい(私は端的にディストピアと呼んでいた)を出て、どつスター(どつ本の飼っていたハムスター。同居にともない自動的に彼女の家族となった)もそばにいて、幸せの絶頂であるはずの彼女の声色はいまひとつ冴えない。
「私はさあ、この先を憂いているわけよ」
 私はその夜、犬のひげの本数を数えながら、彼女はどつスターが回し車を回すのを眺めながら、明日はどうせお互い在宅勤務だしと油断しきって、遅くまでダラダラと喋っていた。結婚指輪の写真をTwitterにUPするのは恥ずかしいけどインスタの方には上げられたとか何とかいう話の合間に、彼女はふと不安を吐露した。
「このままさ、面白いこともなく、普通に妊娠して、普通に子育てして……夫が突然連れ帰ってきた友達にパパッと冷蔵庫にあるものでおつまみ作って出す、みたいな生活になっていくのかなって。明太高菜ごはんとか。それで、夫の友達に『奥さんキレイじゃん』とかお世辞言われて『いやいや~』とか言ったりすんのかなって思ったら、背筋が凍るのよ。本当によお~。」
 彼女の中の"結婚"のイメージが何をさておいても「夫の友達にパパッとつまみを作って出す」であることを多少ツッコミたい気持ちになりつつ、私は彼女を否定できないでいた。恐らく、彼女はこれから「夫の友達にパパッと明太高菜ごはんとかを作って出す」的瞬間を何千何万と積み重ねていくことになるのだろう。そうやって私たち、手垢のついた営みを恥ずかしげもなく繰り返していくんだね。うちら、サイキョーの女オタクだったのにね……。私がそう言うと彼女は「え、そうだったっけ……?」と結構シリアスに疑問を呈していたけれど。



 私たちは、何者かになる。そして何かを失う。失ってこそ、一人前の何者かである、と顔を持たない声たちが言う。でも本当に? 私たちはただ失い続けるだけなんだろうか。「田口ゆり」だの、「田口さんの奥さん」だの、「○○ちゃんママ」だの、JavaScriptも入れてないのに勝手に名前変換される現実とかいうフィクションに骨の髄まで浸されて、私たちは数分刻みで異なる顔を持つ、観音様も文字通り顔負けの多面体になる。その立体のふたを開けて恐る恐る中を覗き込んだ時、そこに何も残っていなかったらどうしよう───そんな不安に脅かされながら、多面体であることを受け入れざるをえないとき、私たちには何か反逆の手段が残されているのだろうか。




 10月31日は衆議院選挙の投票日です。



 日本の全国民が夫婦同姓であることを強制されている現状(国際結婚除く)はクソ以外の何物でもない。女は嫁ぎ先の付属品でも所有物でもない。ハムスターじゃないんだから。クソな社会にはNOを突き付けよう。私たちには選挙権がある。何十年か前にはなかった。今、私たち女性が当たり前のように持つ選挙権は、そのために戦ってくれた多くの人たちの血と汗と涙の上に獲得されたものである。何なら、ちょっと前まで女は結婚したら働き続けることができなかった。「女はクリスマスケーキ(25を過ぎたら価値がない)」と言われた。今の私たちがそうではないのは、「NO」を突き付けてくれた、無数のお姉さんたちがいてくれたからである。私が30を超えてフラフラしていても特に奇異の目にさらされないのは、強い圧力に耐えて自分の生き方を貫いてくれた先人たちがいるからである。
 私はずっと、結婚して、子どもを産み育てることすなわち大人になることだと思っていた。だからいつか、好きな漫画もアニメも同人誌も捨てて、"大人"にならなくてはいけない日が来るのだと思っていた。でも、最近ではこう思う。大人にならなければいけない、それはきっと間違いない。しかし、大人になるとは、果たして空気のように社会に溶け込んだ『当たり前』を受け入れて、その要請に過不足なく応えることのみを指すのだろうか? 違うだろ、と言いたい。豊田真由子のように声を張り上げて、T女史の住むタワマンにも届くように叫びたい。大人になるってきっと、すごく楽しいことだ。もしかしたらセーラームーンになることと同じくらい、素敵なことだ。そして同時に責任重大だ。私たちは常に問われている。年に一度あるかないかの選挙の投票日だけではなく、毎分毎秒、社会の中の様々な事象に対して、どのような立場を取るかを問われている。何気なく選ぶコンビニの棚の商品、気の置けない同僚とのちょっとした会話、忙しい朝の時間に目を通す新聞のヘッドラインに、私たちの政治的立場は如実にあらわれる。そのすべてに自覚的になることは不可能だとしても、つまりおまえは何者でありたいのか、どんなところで、どんな暮らしをしたいのか、必要な情報を集め、思考し、問われたらすぐに答えられるよう日頃から準備することが求められる。大人になるって、そうやって、理想を描き、その理想のために行動することではないだろうか。つまり私たちは、自動的に大人になることはない。「大人になる」を、日々実行するものである。そしてそのプロセスは同時並行的に、「私になる」道程でもある。私たちは自分自身以外の何者でもなく、何者にも成らず、ただそこにいる。




 だから、サイキョーの女オタク友達として今、新婚ホヤホヤのT女史に言いたいことは、


バカ正直に明太高菜ごはんなんて作ってる場合じゃねえ!!!!!!!


 ……ということだ。誰かが思う「田口ゆり」に収まる必要なんてない。明太高菜ごはんがこの世のどんな有機物より好きでもない限り、夫がいきなり連れ帰ってきた友人なんか炙りゲソのピーナツバター和えでも出してやればいい。名前が変わっても顔がいくつあってもそこには白河ゆりしかいないのだから。
 それでも、パズドラしかできないくらい日常に疲れてしまったら、どうか思い出してほしい。私たちには人一倍豊かな想像力があるということを。私たちは大臣にはなれなくても、今日よりいくらかマシな明日を、つまり理想を思い描くことはできる。私たちはそのやり方を知っている。私たちはずっとそうしてきたではないか。有楽町のガード下で。大江戸温泉の露天で。深夜3時の路地裏で。


 


 そして多分、これは私自身の決意である。ホグワーツの入学許可証は届かなかったし、『選ばれし子どもたち』にも選ばれなかったし、白馬の王子様どころか跡部のヘリコプターも迎えに来ない。もちろんセーラームーンにはなれなかったし、今の私は昭和の日本企業で、無数のオッサンに囲まれ孤立無援で右往左往する会社員だ。こんな人生生きるに値しない、とニヒリズムに逃げ込むことは容易い。それでも、と、私は発想する。あの夏だか秋だか思い出せない日、手術台の上のミシンとこうもり傘みたいに私たちが出会ったように、小さな奇跡は起こる。その一瞬を逃さずに、目を見張って、耳を澄まして、生きていく。どんなに現実がクソで、バカげていて、分厚い下駄に踏みつぶされそうになっても。
 ひとしきり現状を憂いて、嫌んなって、裏アカで愚痴を連ツイして、pixivを眺めながら寝落ちしたら、顔を洗って、ちゃんと保湿して、推しアイドルが使っているのと同じCLIOのアイシャドウでまぶたキラキラにして、とんでもねー柄のワンピースでも着て、足取り軽やかに選挙に行こう。



※事実を元にしたフィクションです。T女史、結婚おめでとう!

(11/13追記)私とT女史が出会ったのはやっぱり夏コミじゃなくてスパークだったようです。たくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです。Good girls go to heaven, bad girls go everywhereの精神でヘルジャパンを蹴散らしていきましょう。あと、全国の田口さんにごめんなさい。