on my own

話し相手は自分だよ

マッドマックス ジジイ・ロード ━━祖父・六郎(84)と走るデスロード

母方の祖父。
名は六郎。
六番目に生まれたので六郎。
何ともプラグマティックな名である。 


そんなおじいちゃんと、マッドマックスを観た。
TSUTAYAで借りて観た。

 

 

経緯はだいたいこんな感じである。

というわけで、昨夜、早速祖父を誘ってみた。

のい「おじいちゃん、明日一緒に映画を見ましょう」
祖父「映画ぁ? 気が進まんなあ……」
のい「私、おじいちゃんと映画なんて観たことないと思って。可愛い孫娘といっしょに楽しい映画観よ?」
祖父「気が進まんなあ…………」

祖母「なんの騒ぎですか」
祖父「のいがなぁ、映画観よう言うとるんやけど、おじんは気が進まんのよ」
祖母「どんな映画を観るの」
のい「砂漠の中を改造トラックでヴィイイイイイン!!! ブオオオオオオオオオン!!!!! ドカーーーーーン!!!!!!!」
祖父「気が進まんなあ…………」

「気が進まん」を連呼する祖父を無視して、私はチラシの裏に赤いマジックでこう書いて、祖父の部屋の壁に貼った。
『2月1日 PM4:00~6:00 のいちゃんと映画』

そして今日、4時にリビングに行ってみると、祖父は予想通り部屋に籠っていた。
孫娘には秘策があった。

「おじいちゃん、たこ焼きを買ってきましたよ」

 

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シュッと出てきた。
祖父がたこ焼きを食べている間に、ディスクのセッティングを済ませた。
祖父と孫娘、人生初のホームシアター、開幕だ。

 

***

 

祖父は絵に描いた上にラミネート加工したような頑固じじいで、
大学を出てから定年まで同じ会社で勤め上げた典型的な仕事人間だった。
私が小学生の頃に定年を迎えた祖父には、趣味と呼べる趣味もなく、
生真面目な男性にありがちな定年退職後予想図をきれいになぞるように
祖父は怒りっぽく、気難しく、理不尽な行動をとるようになっていった。

そんな祖父のストレスは、必然的に、一緒にいる時間の長い小学生の私へと向かった。
祖父は私が友達を連れてくるのを徹底的に嫌っていたので、
私はそのたび祖父に(物理的に)家から追い出されそうになった。
必死になってドアにしがみつく私の手を、「出ていけ!!」と怒鳴りながら
ガリガリと引っ掻く祖父の手に、私が思うさま噛みつく……とかいう、
地獄絵図なんだか鳥獣戯画なんだかよくわからない光景も、日常だった。

そんな、まさしく犬と猿のような私と祖父であったので、
私はいまだかつて祖父と並んでソファに座ったことさえなかった。
私がリビングでテレビを観ているときは、祖父は部屋で野球を観ていたし
祖父がリビングで野球を観ているときは、私は部屋でネットに入り浸っていた。
犬を飼うようになってから、祖父の気難しさは少しずつ和らいでいった。
それと並行して、私は大きくなって、家にいる時間も短くなっていった。

 

祖父が私の大切なものを勝手に捨てたり、わかりづらいところに隠したり
地道な嫌がらせをしてくるたびに泣く私に母は決まってこう言った。
「おじいちゃんはこれから子どもに返っていくの。
あなたが大人にならなきゃいけないのよ」
それでも私は決して「大人」になんてならなかった。
祖父に反抗し、泣き喚き、罵詈雑言を吐いては立ち向かっていった。
リカちゃん人形の首を祖父の部屋にぶら下げる等の復讐に出たりもした。
いま、振り返っても、やっぱり「大人」になる必要なんかなかったと思うし
反省する気持ちなどこれっぽちもない。だって「子ども」だったんだから。
そして「大人」になった今、やっと私は祖父を引っぱたく以外の方法で
祖父と向かい合えるような気がしていた。

***

 

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祖父「これは外国もんね? 日本じゃないんかね?」
のい「退廃した近未来の話ですよ」
祖父「あれ何ね? たこみたいなん(改造トラック)出てきた」
のい「あれに乗って砂漠を走るのよ」
祖父「あれ(ウォーボーイズ)何しとんね? ごしゃごしゃと」
のい「人だよ(雑な説明)」
祖父「あれ人間ね! はあ~~」

のい「おじいちゃん、最後に映画を観たのはいつ?」
祖父「覚えとらんなあー。もう、何十年と前かなあー。」
のい「何か覚えてる映画はないの?」
祖父「ちゃんばら映画はよう見とったなあ。あと、あれ、この前死んだ原節子が出とった映画。『青い山脈』。のいは知らんか」
のい「知らんなあー」
祖父「知らんかあー」

祖父「これはどういった話の映画ね」
のい「あとは砂漠の中をヴぃいいいいいいいいん!!!!! ドゥルルルルルルルルル!!!!!!! ヴォオオオオオオオオン!!!!!!! って走って逃げるだけ」
祖父「砂漠を走るだけかね!? こんなの貸すビデオ屋があるんね!?」
のい「TSUTAYAです」
祖父「(暗転)もう済んだかね?」
のい「あと100分くらい砂漠の中をヴィンヴィンヴィイイイイイン!!!!!!」
祖父「おじいちゃん、お風呂入ってこよかな……」

 

***

 

娘である母からも、妻である祖母からも疎まれ、厄介者扱いされ、
距離を置かれていた祖父と(拳と拳ではあったが)真正面から向き合ってきたのは、
結局、この家では私ただ一人だった。
そんな祖父と、今日、ソファに並んで座って、おじさんときれいなお姉さんが
砂漠をトラックでヒャッハーするだけの映画をだらだら喋りながら眺めている。
台風一過、の四字がしっくり来るような、そんな不思議に安らいだ空気があった。
なんだかんだ、いろいろあったけど、これでよかったのかもな、と思った。思えた。

私はだんだん、武骨で不器用で乱暴者のマックスに祖父を、
そんなマックスを次第に信用し始め、その隣で戦うフュリオサに
自身を重ねて観るようになっていった。

 

……が、すぐにやめた。さすがに無理があった。

 

ドゥーフワゴンがドンドコドンドコやり始めたあたりで、祖父はお風呂に行った。
まあ、頑張ったほうだと思う。

のい「あ、おじいちゃん、お風呂行く前にちょっと」
祖父「なんね」
のい「こうして手を組んで、そのまま上げて。上手上手」
祖父「こうかね(ちょっと得意げ)」

のい「はい、V8!!!」

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 V8を讃える祖父は、見たこともないような安らかな笑みを浮かべていた。
80年以上走り続けたジジイ・ロードの果てに、祖父はどんな光景を見るのだろうか。
もしかしたらそれはドアにしがみつく小学生の私かもしれないし、
リカちゃん人形の首かもしれない。
ただ、どうか、今日という、「よくわかんないうちにヴィイイイインとかいう映画を
たこ焼きをダシに無理やり見せられた」一日を、
平和な午後を、どうか覚えていてほしいと思った。
What a lovely day!!

 

 

余談:
ババアは最後まで観た

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祖母「もっと情緒があったほうがいいと思うわ」