明らかに常軌を逸している乗り物がある。自動車という。
重量平均一.五トンの鉄の塊。市販の車でさえ、その最高速度は二〇〇キロとも、それ以上ともいわれる。あろうことか、加速するための装置と停止する装置が隣り合って配置されており、事故を誘発するかのような凶悪な設計になっている。もはや設計者が破壊願望の持ち主だったのではないかと想像せざるを得ない。排出されるガスは深刻な大気汚染を引き起こし、さらには地球温暖化などさまざまな環境問題に大きな影響を与えている。また運転者としても、過度の利便性により慢性的な運動不足になりやすい。公共交通機関よりも自家用車の使用率が高い車社会では、肥満率や糖尿病罹患率が顕著に高いという。
この死を招く恐ろしい乗り物を、なんと日本では一八歳から運転することができる。一八歳なんてちょっと前までおしめをしていた年齢だ。そんな、ほぼ赤ちゃんみたいな人間でも、何ヶ月か教習所に通えば(あるいはド田舎の合宿所に二、三週間ほど軟禁されれば)この乗り物を公道で乗り回す許可が下りる。しかも、その免許を発行するのはなんと警察である。私たちは警察のお墨付きで、この自動車とかいう楽々殺人マシーンを、一八歳から乗り放題なのだ。どう考えてもおかしい。
私はずっと「人殺しの免許なんて欲しくない」と思っていた。幸いにして電車とバスでだいたいどこにでも行ける地域に住んでいた。親もそこまで強く免許を取れと言ってこなかったこともあり、私は免許を取る絶好の機会である大学時代を教習所に通わず薄ぼんやりとして過ごした。とっさの判断が苦手であり、おまけの左右の区別が付かないという謎の性質も相まって、自分には一生車を運転する日など訪れないだろうと思っていた。
「え、免許ないんだ」
そう言われるたびに、私はわざとらしく明るい声を出して言った。
「私なんかが運転したら、十メートルおきに一人轢いちゃうからさ」
ところで二〇二六年四月現在、私は無職である。
現実のオフィスでもTeamsのチャット上でも日夜繰り返されるパワハラ上司の恫喝と、AI生成していることを隠しもしない上司作成の書類を修正し続ける日々に削られ続け、心身共に疲労困憊の状態で会社を去ったとき、私は「もう絶対しばらく働かない」と強く心に決めていた。しかし、心置きなく自由を満喫するためには、世間の目から逃れるための言い訳が必要である。資格の勉強とか、語学留学とか。そういう「それなら仕方ないね」みたいな雰囲気になんとなくなりそうな、なんかいい感じの免罪符が私には必要だった。ありのままに純粋に無職でいる気概と勇気がなかったのだ。
そこで私は「そうだ、自動車学校に通えばいいじゃん」と思いついた。日本の労働人口の八割が所持しているという普通免許を、持たないことを嘲笑する人はいても、取ろうとしている人に向かって「そんなもん、いらないよ」と言う人のほうが稀だろう。実際、教習所に通うことを話した友人知人の、ほぼ全員がポジティブなリアクションを返してきた。「その歳で?」という冷ややかな反応も想定はしていたが、まったく杞憂に終わった。免許を取ることは絶対的正義だ。あんなにイカれた乗り物なのに。
とっさの判断が不得手であることに関しては、今から何をどうトレーニングしても大きく改善されることはないだろうが、きっと近い将来、事故を回避する安全機能や自動運転の技術が日進月歩の発展を見せ、運転者本人の技術や気質は大した問題にならない未来がくるはずだという、何ともお気楽な希望的観測があった。左右が分からないことについても、普段ひとりで道を歩いていて左右を間違えることはないので、同乗者やナビに「そこを右!」とか「角を左!」とか急に言われることさえなければ間違えないし、そもそも間違えたところで元の道に戻ればいいだけだから大したことではない。免許を取ろう。これがきっと最後のチャンスだ。もし運転できるようになったら、友達と犬を乗せて海や山へ遊びに行こう。近隣の自動車学校を検索しているときの私はこのようにすっかり気楽なもので、この後、想像を絶する苦悩の日々が待ち受けていることを知る由もなかった。
教習所と言われて私が真っ先に思い出すのは、竹本くんのことだ。我々世代の女子が美大に対して過剰な理想と幻想を抱くことに大きく貢献したと思われる羽海野チカの名作『ハチミツとクローバー』に登場する、手先は器用なのに生き方がちょっと不器用な優しい男の子である。物語の終盤で彼は運転免許を取るべく教習所に通い始めるのだが、教官に「ハイ、君もう一回ね」と言われて「くううぅぅ~」と涙を流すシーンがある(手元に単行本がないのでうろ覚えだが、彼が失敗したのは確か縦列駐車だったと思う)。そして、「追加教習一回ごとにアルバム一枚分の金が飛んでいく」と文句を言う。この場面は、当時中学生だった私に、「自動車学校」という場所の存在を強烈に印象づけた。あの基本的に器用貧乏な竹本くんでさえ、車の運転には手こずるのだ。運転ってものすごく難しいものに違いない。
「安心パックをつけますか」と、教習所の入校手続きで職員の方に聞かれたとき、私の脳裏にはやはり竹本くんの顔がよぎった。つまり、教習所では技能(実際の運転)と学科(座学)それぞれ規定の時限数が決まっているが、特に技能教習において、規定数を超えて教習を受ける場合や、検定に落ちて再挑戦する場合に、通常であれば追加料金を支払わなければならないところを、この『安心パック』に加入することにより、何度でもやり直しが可能になる。採算度外視の、神がかったオプションである(と、思ったが、先生によると「営業さんに聞いたけど、最終的にはトントンらしいよ」とのことだった)。竹本くんでさえ何度も補習を受けさせられているのだから、私なんか絶対に付けた方がいい。そう思って値段を見たら、なんと年齢によって安心パックの価格が細かく設定されていた。二十代は一万円、三十代は二万円、それ以上は三万円。私は現役の若者の二倍の値段を支払わされる、つまり、ありていに言えば三十代以上は若者に比べてポンコツであると学校側に見做されているということに等しい。微妙な気持ちになりながらも、私は教習料金プラス二万円を支払い、晴れて教習生の身となった。
さて、私には大変厄介な性質がある。私はこれを「スキャン」と呼んでいる。
例えば、職場の、そこまで親しくない他部署の人たちと成り行きでランチに行く。雑居ビルの中にあるタイ料理店は、ランチ時のピークは過ぎたものの席が八、九割埋まるくらいには繁盛している。私の「スキャン」は自動的に起動し、五感が店内のすみずみまで広がっていく。窓からの日差しの強さ。空調の加減。ナンプラーの香り。特に話し声の大きいグループと、一人で黙々とパッタイを食べているサラリーマンと、店員とタイ語で親しそうに話しているタイ人っぽい人。店の奥の席に案内される。隣にセルフの飲み物コーナー(ハスの花の香りの、わずかにスースーする、ここでしか飲んだことのないお茶と、コーヒーが飲み放題)があるため、脇をしょっちゅう他の客が通る。私はテーブルを囲む会社の人たちの様子をそれとなく観察する。少し疲れている人。慣れないメンツに僅かに緊張気味の人。マイペースにガパオの辛さ加減を心配している人。手元のおしぼりを何度も折り曲げている人。後ろの席の女性二人組は、片方ばかりがしゃべっていて、もう片方はほとんど相槌を打つのみだ。奥のテーブルの若者たちは仕事の愚痴で盛り上がっているようだ。それにしても空調の風がわりとまともに当たる席だ。私はストールを羽織っているからいいが、Tシャツの人は寒くないだろうか。後ろの席の相槌係の声に明らかに疲弊が滲んでいるのが気になる。あらら、奥のテーブルの奴らは他社を名指しでディスり始めた、大丈夫か? 店員がでっかい声でウーバーの配達員と注文番号を確認し合っている。あ、〇〇さん、カオマンガイにのってるパクチーをよけた。苦手だったんだな。店内のBGM、Spotifyの無料版だ、ときどき広告が流れてくる。あー、やっぱりここのグリーンカレーは辛いけどおいしいなー、アロイ、アロイ(タイ語で『おいしい』の意)。
……とまあ、こんな感じで、私は普段から自分の周囲の様子をほとんど無意識にスキャンし続けてしまうのだ。それで、お店を出た後に、「後ろの席の二人組、ほとんど片方の人しか喋ってませんでしたよね」とか言って「そうだった?」という反応をされる。「どうやら、多くの人はここまで周囲の様子を逐一把握していないらしい」ということに気が付いたのはつい最近のことである。
この「スキャン」は幼少期から家庭内、あるいは学校など集団生活の場において危機の兆候をすばやく感知するために発達した能力であると思われる。私の周りには昔から何故か、まるで山の天気のようにコロコロと機嫌が変わり、機嫌次第で周囲を攻撃するタイプの人間が数多く生息していて、そういう予測不能な攻撃を仕掛けてくる野生のポケモンからの不意のたいあたりを少しでも回避し、ダメージを軽減すべく、私は常に周囲の状況に対して注意を払ってきた。飛んできたボールをとっさに避けることは苦手だったが、機嫌が悪そうな相手にどう声をかければいいのか、その場で急いで考えることには長けていた。危機を察知し、回避するための行動を積極的にとる。危機が去ったと確認できるまで、私のスキャンは終わらない。つまり私は、どうしても、その場にいる人間の機嫌を自分が取らなければならないと思ってしまう性質なのだ(ここまで読んで、「え、別に私の機嫌は取ってくれてなくない?」と疑問に思った友人がいたら、あなたはさいわいである。あなたは私の中で『わざわざご機嫌を取らなくても友達でいてくれるマブダチ』認定されているということです)
そしてもう一つ、私は「とっさの判断が苦手」と何度か書いているが、これは半分正しく、半分間違っている。
どういうことかというと、確かに私は、「その場でパッパッと動く」よりも「じっくり時間をかけて考える」ことのほうが得意である。多少困難なタスクでも、ある程度の時間の余裕を持って、自分のペースで考えることが許されるなら、私はほぼ確実にその仕事をこなすことができる。しかし、忙しない状況で突然の判断を迫られると、どうしてもミスをしてしまうことが多い。
例えばこんな状況――学生時代のアルバイト先の写真屋。受験の出願の時期で、多くの中高生が証明写真を撮ろうと列を作っている。レジには喪中はがき印刷の注文をしにきたおばあさん、事情が事情(夫が死んでる)なだけに雑な扱いはできない。写真注文機の前には、なかなかスマホから写真データを読み込めなくてイライラしている客。鳴り続ける電話。今日に限って気の合わないパートのおばさんとツーオペで、彼女は店の奥に引きこもって写真の検品をしていて頼りにならない。レジカウンターの上にはさっきの客が忘れていったっぽいポイントカード。さあ、どうする、私。……というような状況で、どうしていいかわからず、うるさいのを止めたくて電話に出たら「電話より目の前の客でしょうが!」と奥でサボってたパートのおばさんに叱られる、みたいなことになる。
問題は、「そんなん、程度の差はあれ、誰だってそう」だということだ。確かに私はちょっとおっちょこちょいなところがあるかもしれないが、上記のような状況でスルスルと効率的に動ける人間の方が少ないだろう。何が言いたいかと言うと、私は、自分が「とっさの判断が苦手」で、「いつか取り返しのつかないミスをする」と『必要以上に思い込んでいる』のである。何だかすごい話になってきてしまったが、本当にそうなのだ。これは私の母親が事あるごとに「おまえはいつか取り返しのつかない大きな失敗をするが、そうなっても誰も助けてはくれないからね」と言っていたことに起因する。何で? そんなこと、私のほうが知りたい。ちなみに私はこれまで生きてきて、自慢ではないが一度も「取り返しのつかない大きな失敗」をしたことがない。財布やスマホをなくしたことも、事故を起こしたことも、BCCすべきところをCCしたことも、やかんを火にかけたまま昼寝したことも、羽田と成田を間違えたことも、ない。しかし人間の脳というのは素直なもので、そう言われ続けると、いつしか言われたことを事実として認識し始めてしまうのだ。
かくして、私には二つの呪いがかけられた。一つは「おまえはいつか取り返しのつかない大きな失敗をする」。そして、「失敗をしても誰も助けてくれない」だ。この呪いにより、私は極端に失敗を恐れるようになった。失敗することそのものへのタブー意識。また、失敗によって周囲の人間からの信頼を失った結果としての、存在価値の喪失。それが堪らなく怖くて、私は常にうっすらとした緊張と不安を抱えながら生きることになった。
おさらいしよう。私には空間を「スキャン」して、周囲の危険を察知し、人の機嫌を取りに行ってしまう習性がある。さらに、失敗することに対し過度の恐怖心を抱いていて、失敗をすると自分の価値がなくなってしまうと思い込んでいる節がある。
そういう人間が、教習所に行くとどうなるか。ちょっと想像してみてほしい。教習車の中には、私と指導員の二人きり。私は、教習開始のベルが鳴り、助手席に乗り込んだ瞬間から、ほぼ初対面である指導員の機嫌をスキャンし始める。元気そう? それとも疲れている? 声のトーンは? どんなタイプの指導員だろうか? 私は怒られる? それとも優しく教えてもらえる? 指導員の様子を伺い続けながらも、運転を交代し、本格的に技能教習が始まる。当然ながら、私はたくさんの失敗をする。アクセルとブレーキも余裕で踏み間違えるし、内輪差でタイヤを擦るし、対向車がいるのに右折しようとするし、縁石に乗り上げる。そのたびに指導員が補助ブレーキを踏んで、厳しい声で私に注意をする。指導員によっては必要以上に強い言葉で責め立てられる。
指導員は道路交通法に基づいて毎分毎秒、私の運転を監視する。マイルールを押し付けてくるパートのおばさんや、偉そうにしてるだけで大して賢くはないパワハラ上司と違って、彼らのジャッジは絶対だ。私は言っていることに正当性のない相手に対しては舐めた態度を取ることができるが、正論で殴ってくる人を前にすると塩をかけたナメクジみたいにしぼんでしまう。加えて、私には「私は大きな失敗をする」という呪いもかかっており、車に乗るたびに、「今度こそ他の教習車にぶつけたりして、誰かを傷つけるかもしれない。最悪、命を奪うかも」という恐怖に襲われる。そうして私にとっての教習車は、「指導員によって絶え間なくジャッジされながら、事故を起こすかもという大きすぎる恐怖に震え、失敗を繰り返し、指摘を受けるたびにメチャクチャ落ち込むが、反論することもできず、自分の価値が削られ続ける」という、根源的恐怖再生産装置と化してしまったのである。
技能教習が始まってすぐに私は「これは大変なことに手を出してしまった」と思ったが、既に安心パック等のオプション代金を含め四十万円近い教習料を支払ってしまっており、後の祭りであった。指導員に怒られるかも。そもそも運転向いてないかも。永遠に教習所を卒業できないかも。今度こそ誰か轢くかも。最悪の事態はいくらでも頭に浮かび、私を苦しめた。苦しみながらも、無職なので、教習所に通わないわけにもいかず、地獄のようにつらい教習の日々が続いた。
「教習所 つらい」「教習所 やめたい」で検索しては、全国の教習所やめたい仲間の書き込みを見て涙ぐんだ。しかし本当にやめるわけにもいかず、Youtubeで「車両感覚」や「カーブのときの視線」、「上手な右左折の方法」などの動画を目をギンギンにして繰り返し見ては、そこでもコメント欄に残された全国の教習生の悲鳴や泣き言や励ましを読みふけり、枕を濡らしたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
続きは、5月4日に東京ビッグサイトで行われる文学フリマ東京42で頒布する『Driving Through Life』で!
既刊もあります。

今までにない読み味のエッセイになったと思います。
免許ある人もない人も、毒親育ちもACも、みんな読んで~!!