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on my own

話し相手は自分だよ

5月11日の日記

整体に行ってきた。整体というところは恐ろしいところで、一度行き始めるともう整体に行かない人生には戻れなくなってしまう。いわば中毒だ。だから人類には、一生整体に行かないか、それとも一生整体に行き続けるかの二択しか用意されていない。私はもうここ一年と半年ずっと整体の虜なので、二週間以上間を開けると整体に行きたくて行きたくて行きたくてたまらなくなってしまう。そういう話をしつつ整体を勧めたところ「考えさせてください」と神妙な顔で答えた友人が、このあいだ二回めの施術を受けに行ったそうだ。彼女はもう戻れない。


ゴールデンウィークは二日間だけ実家に帰った。高校の友人が犬を見に来るということで家族みんなが張り切っていた。人が来ると必要以上に張り切るのはこの家に生まれた者のサガらしい。「○○(友人)さんは、大福なんか食べるかしら」と聞いてきた祖母に「○○は椅子とテーブル以外なら何でも食べるよ」と言ったら「そうよね」と返された。耳が遠くなるとはこういうことだ。
掃除機をかけて床を拭いて昼食をあとは火にかけるだけにしたところで約束の時間になったがさっぱり音沙汰がない。このクソ野郎と思いながら大逆転裁判を進めていたら「おはよう(今起きた)」というLINEが入り、今度は声に出して「このクソ野郎!!」と言って大逆転裁判に戻った。そこからまた連絡が途切れる。私は寝坊されるのも遅刻されるのも何とも思わないが、予定の見通しが立たないのが何より嫌いだ。彼女は寝坊した時点で私にそもそも行くのか行かないのか、行くなら何時に着くのかを大まかにでも連絡するべきだった。
むしゃくしゃしながら既読もつかないLINEを見ていたらキッチンの母に呼ばれて味見を頼まれた。今日のメニューはビーフストロガノフのはずだったが妙に薄い、というか死ぬほどまずい。水をきちんとレシピ通り入れたのかと聞いたら、参考にした料理番組では水の分量は特に言っていなかったので300cc入れた、と言う。そんな料理番組があってたまるかと思ったので録画してあったものを確認したら、「それではここで水を80cc入れます」と確かに言っている。ほら!!! ほらね!!! 水多いってレベルじゃねーぞ!!! と騒ぎ立てる私に母は「じゃあしばらく煮詰めればいいか♪」と呑気に火を強くした。ありえない。本当にありえない。
結局、友人はちょうど二時間遅れて来た。戦時下のすいとんみたいになってしまったビーフストロガノフも、彼女が来た頃には丁度よく煮詰まった。「遅れてきてくれて丁度よかったわ~」とかいう母と、喜びのあまり耳がペットリと頭にくっついてしまった柴犬を見ていたらなんだか何もかもどうでもよくなってしまった。


友人と話した中で最も記憶に残っているのは、「上司から曖昧な指示をされると困惑してしまう」という話で、友人の方は本当に思い詰めてしまっていて自分はポンコツすぎるので死んだ方がマシかもしれないとまで煮詰まってしまっているらしかった。曖昧というのはたとえば「社会人としての自覚を持て」とか「場の調和を大切にしろ」とか「周りを見て学んで動け」とかそういうやつだ(私も友人も大学院まで行っているので『社会』に出たのはつい最近のこと)。「始業10分前には身支度を整えてポットにお湯を沸かしておけ」とか「機嫌の悪い時の○○さんに質問するのはやめろ」とか、具体的な指示をしてくれたらちゃんと従うし二度と忘れないのに、それを「自覚」だの「調和」だのといった抽象ぼんやりワードで濁されるから何をどうしていいのかさっぱり分からなくなってしまう。「まとも」な「社会人」なら、そんな抽象ぼんやりワードを聞いただけで自分に求められているものを察することができるんだろうか。私たちには一生かかっても無理なので、今後は何をするにしても質問して、「そんなことをわざわざ聞くな」と言われたら「判断ミスをすると周りに迷惑がかかるので聞きました!! お手を煩わせて申し訳ございませんが教えてください!!」と開き直って90°のお辞儀をすることにしようと決めた。働くというのは本当に大変なことだ。