on my own

話し相手は自分だよ

アニメと現実の区別が付かない

アニメと現実の区別が付かない。物心ついたときから、ずっとそうだ。


絵本の世界に入れるという靴の形をしたひみつ道具のことを知って、ピンチに陥るセーラー戦士たちを助けたくて、土足で絵本の上に立って親に怒られたのは幼稚園のときだった。小学校に上がれば魔法少女もののアニメの影響で、私にしか見えない精霊と会話して周囲に気味悪がられた。友達のお兄ちゃんの影響で少年漫画を読むようになってからは、ますます空想癖が加速した。忍術を使うために印の結び方を必死で練習した。友達とは立海と不動峰入るならどっちとか、持ち霊にするならどんな霊とか、ほとんどそういう話しかしなかった。大切なことはだいたい物語の中で教わった。恋愛の機微は夢小説で学んだし、周りの子たちが現実の男子と惚れた腫れたをやってる間に私は寝ても覚めても手嶋純太のことばかり考えていた。そんなティーンエイジを過ごした私はそのまま大人になって、最近では上司のパワハラに「私は爆弾の悪魔だからこんな奴いつでも殺せる」と思いながら耐えている。

暇さえあれば漫画を読んでいた私にとって、フィクションのキャラクターというのは現実の友達と同じくらい、時にそれ以上に、私にとっては心に近いところにいる存在だった。人生で迷うたびに、好きな作品を何度も読み返して、その世界にひたひたに浸かった。主人公たちといっしょに笑ったり悲しんだり、怒りや感動に打ち震えたりした。世界のどこかで、本当にそういうことが起こっているのだと信じられるくらいに。そうしていると自然と元気が出てきて、漫画みたいにうまくいくことはないのだとしても、私なりに戦ってみようと前を向くことができた。そういうことの繰り返しで、今日の私はここに生きている。


そんな私だが、ここ最近、この社会で起きていることを受け入れられないでいる。
だって、私が物心ついたころからずっと私のそばにあった、大好きなアニメや漫画で言われていることと正反対のことが繰り広げられてるのだから。


嘘をつく。謝らない。質問に答えない。言うことがコロコロ変わる。
制度を悪用する。強者におもねり、弱い者を足蹴にする。命を軽んじる。
それらしいことを自信たっぷりに語る。それが事実か、正当かどうかは、ほとんど問われない。
そんな人たちが、なぜかみんなに支持されてどんどん影響力を増している。
誠実であることの価値はとっくに地に落ちて、今やこの社会は「極端なことを、嘘でもいいから、大きな声で言ったやつが勝ち」という一大ゲームと化している。

いや、なんでだよ。
完全に悪役サイドの思うつぼじゃねーか。
めまいがする。

……ちょっと冷静に考えてみてほしい。
特定の集団への不安や恐怖を煽ってみんなに攻撃させるとか、自分の不始末の責任から逃れるために弱い立場の人に罪を着せるとか、そんなのはずるいやつの常套手段だ。フィクションの中では、常にそれは悪だとされたし、そこに疑問を持つ人もいなかったはずだ。それなのに、現実に同じことが起きたとき、どうしてみんなあっさりとその“悪役サイド”を信じ、応援してしまうの?
みんな、とにかく「強さ」が好きだ。私も時々「強さ議論スレ」とかを見ていたので気持ちはわかる。でも、力を振りかざす強そうなやつに取り入って自分も強くなったような気になっていても、そういう強いやつってほぼ確実に、いざというとき簡単に手下を見捨てる。そんなの分かりきってるのに、どうしてみんな、あくまで「強い」リーダーを求め、そのおこぼれをもらおうとするの? 
本当に強い人はやさしさも併せ持ってるって、争うんじゃなくて共に生きなきゃいけないんだって、漫画のキャラクターたちが何度も何度も教えてくれたのに、あれは何だったの?
……本当に、分からないのだ。
毎週ドキドキしながらコンビニに最新号を買いに走ったあの頃の私に、「あなたが夢中になっているその世界は完全なる夢物語で、現実世界とは何ら関係が無く、あなたがそこから学び取ったことはそのうち粉々に打ち砕かれますよ」って言ったら、どんな顔するだろう。


中学でクラスの男子から「汚い、死ね」って言われてた時も、高校で不登校になって中退したときも、あの世界があったから、心を救われて生き延びることができた。友達の作り方も、勇気の出し方も、理想の描き方も、全部かれらに教えてもらった。自由や平等がどれほど得難いものなのかも、すべての命は尊いということさえも。
でも結局、線で描かれたそれらすべてが"ただのファンタジー"なんだって言うなら、物語が現実をいっさい反映せず、そして物語の側から現実と接続することもないのであれば、物語はいったい何のために存在するのだろう?
弱い人間は死ぬしかないとかいう、冷たい社会で暮らしたくないじゃん。「強い者は弱い者を守るのが自然の摂理」って炭治郎も言ってたじゃん。攻撃や排斥みたいな安易な手段に飛びつかないで、何が正しさなのか、みんなでうんうん唸りながら悩み続けたらいいじゃん。「迷いの中に倫理がある」ってヨレンタさんも言ってたじゃん。困ってる人に「わがままだ」とか「自業自得だ」とか言わないで助けたらいいじゃん。ヒンメルなら絶対そうするじゃん。そうする人がたくさんいる社会の方が絶対、いいはずなのに。


私はアニメと現実の区別がつかないから、現実にも、アニメの世界みたいに平和が訪れてほしいと思う。みんなが大切にされてほしいと思う。私は無知だろうか。幼稚だろうか。ナイーブすぎると笑われるだろうか。ただのフィクション、ただのエンタメから、作者も意図していない、自分に都合のいい思想を勝手に読み取っているだけのクソ野郎だろうか。

それならそうでいいから、教えてほしい。

あなたは、アニメや漫画から何を学んだのだろうか。何を読み取り、何を見出したのか。それともあなたは単に暇を潰すためだけに、漫画雑誌の、あの薄いピンクとか黄色とかの粗悪な紙をめくっていたのだろうか。あれらの物語は単に、面白味もない人生をそっと慰撫するだけの気休めに過ぎないのだろうか。儚く溶けて消えるメレンゲ菓子みたいに、物語を口に放ってはただ飲み下すことを繰り返して、あなたは大人になったのだろうか。……私は、そうじゃないって信じたい。そんなの、命がけで作品作りをしているクリエイターたちが浮かばれないではないか。
私は、紙の上に描かれた白黒の主人公たちから、確かに、魂をもらったよ。だから、本当は爆弾の悪魔じゃないけど、震える足でパワハラ上司とも対峙するし、何の権力もないちっぽけな一市民だけど、せめてにずるいやつに騙されないようよく考えて、勇気を出して声を上げたいと思う。これまでも、これからも、弱い人の側に立てるように。


それでも「まだまだだね」って、リョーマくんには笑われちゃうんだろうけど。




これは、心の整理のために書いた私的なエッセイです。特定の個人や集団を支持・非難する意図はありません。また、フィクションの解釈は一つではなく、作品から何かを受け取るのも、受け取らないのも、本質的には自由であることを申し添えます。